お世話するココロ
第132回
ワクチンを打たない人への差別

新型コロナウイルス感染症のワクチンを打たない人への差別が問題になっています。「これは差別に当たるのか?」と相談を受け、難しさを感じています。

ワクチンを打った人に来てもらいたい

最近、友人からこんな相談を受けました。友人には、膠原病でステロイドを内服している80代の母親がいて、介護度は要介護1。ヘルパーの支援を受けて、ひとり暮らしをしています。
「ステロイドを飲んでいる母の家に来るヘルパーさんは、ワクチンを打ちたくない人なの。私が母の家に行って、母がワクチンを打つ手続きをしていたら、『私はまだ40代だし、副反応が怖いから打ちません』って言ってた。ワクチンは強制じゃないし、打たない権利があるのはよくわかっているのよ。でもね、ステロイドを長期に使っていて、免疫が弱っている母だから……やっぱり打っている人に来てほしいと思ってしまう。これも差別なのかしら」
人権感覚もしっかりしている友人は、自分が抱いている感情が差別に当たらないか、とても気にしています。このように自らの感覚を振り返るのは、とても大切なこと。この姿勢がないと、私を含めた誰しもが、気づかず差別をしてしまうものです。

とはいえ、自分の身に置き換えても、これは非常に答えにくい問いです。私は自分が友人の立場だったら、と長考しました。
思えば亡くなった私の母は、友人の母と実によく似た状況でした。膠原病でステロイドを内服し、ヘルパー支援も受けていたのです。今も母が存命で、ヘルパー支援を受けていたら、私もかなりの確率で、ワクチン接種済みの人に来てもらいたいと思うでしょう。私は友人にこのような気持ちを伝えたあと、具体的な対応について提案しました。

「私ならヘルパー事業所の責任者に連絡して、自分の希望を伝えると思う。『母はステロイドを長期に飲んでいて、かなり免疫が弱っています。今、感染したら命取りになるのは間違いありません。娘としては、少しでも感染のリスクを減らせる方法があれば、それをしてあげたい。だから私も早くにワクチンを打ちました。母の近くに来る人には、ワクチンを打っていてほしいと思います。ワクチン接種済みのヘルパーさんをお願いすることは可能でしょうか』なんて感じかな。ワクチンを打たないことを批判するのではなく、打った人に来てほしいとお願いする。それが通らなかったら、諦めるか、その希望が通る事業所を探すか。その時考えるかな」

ワクチン接種に対する国の見解は?

厚生労働省のホームページにある「新型コロナワクチンQ&A1)」には、「新型コロナワクチンの接種を望まない場合、受けなくてもよいですか2)」という問いに対し、以下の文章が回答にあります。

「職場や周りの方などに接種を強制したり、接種を受けていない人に差別的な扱いをすることのないよう、皆さまにお願いしています。仮にお勤めの会社等で接種を求められても、ご本人が望まない場合には、接種しないことを選択することができます2)

私はこの内容を支持します。ワクチンは打つこと・打たないことによって生じるメリット・デメリットを理解したうえで、本人が選ぶもの。いかなる強制があってはいけません。
ところが、いざ自分や身内が感染のハイリスクであれば、少しでも感染リスクが高い人には近づいてほしくない。これも自然な思考ではないでしょうか。
その結果、ヘルパー事業所に「ワクチンを打っている方に来てほしい」とお願いすることまで差別と言われたら、利用者側はちょっとつらいと思います。
あからさまな差別をよしと思っている人は、恐らくいません。だからこそ、こうした気持ちが差別につながるのかどうか、私も友人もとても気になるのです。

実際、ワクチン接種が進むにつれ、打たない人や打てない人への差別的な扱いが問題になってきました。「ワクチンハラスメント」などという言葉もあるとか。
「ワクチンを打たないと言ったら上司から批判された」「アレルギーのため接種しないと職場に伝えたら、今の仕事はさせられないと言われた」など、不当な扱いをされたという訴えも聞きます。
この報道を見て私は「打てない」という判断がどのようになされたのか、知りたいと思いました。なぜなら、私の周辺でも「食べ物のアレルギーがひどいから受けられない」と思い込んでいた人が、かかりつけ医に相談し、問題なく接種できた例があるからです。
本当は接種を受けたいのに自己判断で「体質的にダメ」と思い込んでいたら、本人にとって残念なこと。体質的なことが理由であれば、やはり医学的判断をもって選択するのが望ましいでしょう。

一方で、ワクチン差別をなくすためには「打たない理由を聞くべきではない」「打ったかどうかを聞いてはいけない」という考え方もあります。したがって、「打てない」のか「打たない」のかを分けて論ずるのも控えねばなりません。
しかし、このような細かい話しは抜きにしても、打ちたくても打てない人がいるのは確か。そして、接種しない人に対して、それが不利益になるような対応をしてはいけないのは、当然のことです。

現場はどうするのか!?

友人がヘルパー事業所に、母親がステロイドの長期内服により免疫低下状態にあることを理由に、ワクチン接種済みのヘルパーへの交代を希望した場合、事業所はどのように対応するでしょうか。

もし私がヘルパー事業所の責任者なら、「それはワクチン接種をしていない人への差別になる」と拒絶するのは難しいと考えます。なぜなら、友人の希望は医学的に理にかなっているからです。
ステロイド内服中の人は免疫が低下し、感染しやすい状態になっています。ですから、感染防止には最大限の配慮が必要なのです。たとえワクチン接種では感染が100%防げないとしても、少しでも可能性を減らすなら、ワクチン接種済みのヘルパーのほうが、好ましいと言えます。

こうした事実があり、希望も出ていたにもかかわらず、ワクチン未接種のヘルパーを派遣し続けたらどうなるでしょう。もしヘルパーが感染し、母親にも感染が広がったら……訴訟を起こされる可能性も、考えなければなりません。
では逆に、ワクチン接種済みのヘルパーに交代する場合、ワクチン未接種のヘルパーにはどのように対応すべきでしょうか。私なら、率直に家族の希望を伝えます。
そして今後も、ワクチン接種済みのヘルパーを希望された場合には交代させるが、それ以外の利用者には、これまでどおり支援に入ってもらう予定だと話すでしょう。
それでも、ワクチン接種済みのヘルパーを希望する利用者が増えたら、未接種の人を派遣するのが難しくなるかもしれません。
その場合、雇用を守りながら、利用者宅を訪問しない仕事を与えるのが可能か。できたとして、それをしていいのか、答えはわかりません。

また、今回はヘルパーが自分から未接種であることを告げました。もし、利用者からワクチンを接種しているかいないかを聞かれた時、ヘルパーには答える義務があるのか。これも難しい問題です。
このような難問が見え隠れするだけに、医療・介護の分野では、「なるべくワクチン接種してほしい」というアナウンスがなされるのではないでしょうか。

政府は差別を諌めるだけでは役割を果たしていません。こうした事例について、どのように対応すべきか、具体的な回答が求められています。(『ヘルスケア・レストラン』2021年9月号)

1)厚生労働省「新型コロナワクチンについて」 (https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/)より引用
2)厚生労働省「新型コロナワクチンについて」(https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0053.html)より引用

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。現在は精神科病院の訪問看護室に勤務(非常勤)。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に「宮子式シンプル思考 主任看護師の役割・判断・行動力」(日総研出版)がある

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