“その人らしさ”を支える特養でのケア
第44回
ご利用者ごとにアレンジした食支援で
重度認知症の食欲不振を打破しよう

重度認知症の肩への食事介助は怖い……そんな経験をした管理栄養士は少なくないのではないでしょうか。では、なぜ怖いと感じてしまうのか。それは、重度認知症への理解が不足していたと気付かされたからです。

管理栄養士だからこそ嚥下障害に目が行きがち

2020年5月号から不定期ではありますが、認知症のご利用者への対応について事例を含めながら紹介してきました。以前、重度認知症の方を食事介助する際『反応が乏しい相手に食事介助をすることが怖い』と書きました。
今でも重度認知症の方への食事介助は「怖いなぁ」と思っています。しかし、栄養ケアを進めるなかで、重度認知症の方についても理解を深めなければならないと感じ、学び直しました。今号では復習も兼ねて、重度認知症の方への対応について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

認知症の重症度分類の方法はさまざまありますが、そこから導き出される認知症の定義をまとめると「重度の記憶障害・見当識障害がある。ADLが非常に障害されており多大な介助が必要。尿・便失禁があり身辺の清潔が保てない。言葉は滅裂かしゃべることができない」と表現できます。
特に、アルツハイマー型認知症の場合は重度になると、肺炎や骨折、嚥下障害などのほか、睡眠障害や便秘、食欲不振、低栄養も合併症として現れ、それらの合併症に対する全身管理が必要になってきます。また、アルツハイマー型認知症で起こる嚥下障害は非可逆的であり、客観的評価で嚥下反射が消失している場合は末期と診断されます。この期間は個人差が大きく、たとえば寝たきりになったあとも長期間嚥下状態が安定している方もいます。

ほかの認知症の場合でも周辺視野からの情報量が少なくなり、視界の正面からの情報が多くなります。病状によっては半側空間無視(視界の右もしくは左半分が見えていない状態)が現れる方もおり、私たちの見え方とはずいぶん違うようです。一方で嗅覚や味覚は残存しています。また、失認(何かわからない)や失行(どうすればいいかわからない)といった障害も出現します。
栄養ケアの視点からみると嚥下障害に目が行きがちですが、それ以外でも食事に影響が出る変化が多くあることがわかります。

重度認知症の理解を深め食支援の工夫を凝らす

私は食事介助をする時、なるべくご利用者の正面から介助するようにしています。口の動きや嚥下の様子がよく見えることや、利き手(右利き)で介助しやすいことが理由でした。しかし今回「正面からの情報が多くなる」ことを知り、ご利用者に食事を認識していただくことにも貢献していると気付きました。
また、重度の認知症であっても嗅覚や味覚が機能していると知ったことも、食事摂取量を保つために利用できそうです。記憶を呼び覚ますような香りや味が刺激となり認知機能を保ち、食事への意欲向上に一役買えないかと考えています。

一方で精神的な問題によって食事が食べられない場合もあります。参考文献には重度認知症の精神世界について「過去も未来もないなかに過ごしている。そのため『未来のために今、我慢する』という概念はないだろう」と説明されていました。端的に言えば、今おいしいと感じる物を食べ、嫌な(おいしくない)物は食べないということです。ここから考えると「栄養バランスを整えるためにいろいろな食材を食べてほしい」という管理栄養士の思いは通じないのだなと感じます。

これまでも認知症のご利用者への食支援は試行錯誤の連続でしたが、重度認知症の方は言葉での理解が深められないため、行動や表情など小さな変化をつかまなくてはなりません。食べられない理由は何か、介護職員をはじめとする多職種で情報共有を行いながら、多角的に分析し食支援に展開することが重要であると考えています。

食べられない原因と対応について、表1にまとめました。実際には表にまとめた内容をもとにご利用者の状況や施設の実情に合わせたアレンジが必要となります。
実際に施設内で実施していることを思い出してみると、発端は「認知症の方の食欲不振」であっても表1で示した原因を探っています。重度認知症のAさんに対する取り組みを紹介します。

日頃からの触れ合いが食支援につながっている

Aさんは入居当時から食事の自力摂取が難しくなっていました。入居による環境変化(心理的反応)によって、一時的に食事動作の失行が進んだのかと思い、経過を見ていましたが改善しません。失行に対し、食事開始時だけ介助を行いましたが、周りが気になってしまい食事への集中が続かず、介助さえできない状態となりました。

試行錯誤のあと、他入居者とは食事のタイミングをずらし、なるべく1人で食べていただくようにしました。Aさんは嚥下5期の口腔期以降は大きな問題はなかったので常食を提供していましたが、開口が小さく食事介助に苦慮したため現在は刻み食です。さらに、ドリンクタイプのONSを導入。ストローが使えなかったためカップに移して飲んでもらいました。現在は摂取量にムラがあるもののONSを含め必要量の8割以上は摂取できている状態です。

Aさんのケースでは、失認、失行、短期(即時)記憶障害により食事動作が障害されていたと考えられます。Aさんの立場から見てみると、もしかしたら「人前で大きな口を開けて食べるのは恥ずかしい」と思っていたかもしれませんし、本当は噛むことに苦痛があったのかもしれません。

重度認知症のご利用者に対する食支援の第一歩は、そのご利用者をよく知ることだと思います。また、日々のかかわりによって精神的な安定が保たれれば食事摂取にもつながると感じ、食事の機会以外でも簡単な挨拶程度ですが、触れ合う機会をつくっています。
対応についても教科書に載っていることを土台にいろいろアレンジをし、その方に一番よい方法を見つけたいと思っています。

次回は認知症終末期の対応について紹介します。(『ヘルスケア・レストラン』2021年8月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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