栄養士が知っておくべき薬の知識
第119回
がん性悪液質の食欲不振に対する
グレリン誘導体の働きについて

今回は今までに有効な治療薬がなかったがん悪液質の食欲不振を改善するとされるアナモレリン(エドルミズ®錠)という新しい薬をご紹介します。

がん性悪液質とは

悪液質は「基礎疾患のある患者に複合して代謝異常が生じ、脂肪組織が減るというよりも筋肉が減少する病態」とされます。
悪液質を伴うと食欲不振や炎症反応の亢進、インスリン抵抗性や蛋白異化の亢進などの代謝異常がみられ、栄養障害を生じ死亡率の増加にもつながるとされます。がん悪液質という言葉は有名ですが、がん以外にも後天性免疫不全症候群(AIDS)や心不全、慢性腎臓病(CKD)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などで悪液質を生じます。ただし、多くはがん患者に悪液質が認められ、日頃の栄養管理でも対応に苦慮されていると思います。

悪液質の一般的な症状は食欲不振と早期満腹感、吐き気、膨満感、味覚異常、口渇感、嚥下障害、便秘などがあります。また栄養障害によって息切れや倦怠感を生じるなど、患者QOLの著しい低下を認めます。がん悪液質の発現機序として、がん細胞そのものやがんによって免疫組織からサイトカインの産生が刺激され、食欲低下やエネルギー消費量の増加を起こすレプチン様のシグナルが過剰に誘発され、このシグナル異常がエネルギー代謝に対する正常な生体応答を破綻させていると考えられています。

悪液質の診断

がん悪液質が生じているかどうかを診断することは大変重要な問題です。がん悪液質は前悪液質(プレ・カヘキシア)、悪液質、終末期にみられる不可逆的悪液質(Re-fractory cachexia)の3つの病期に分類することが提唱されています。さまざまな考え方があるところですが、病期分類として、終末期まであと3~6ヵ月以上かそれ以下か、終末期まであと3~6週間程度なのか、といった病期を判断します。その際、GLIM基準(Global Leadership Initiative on Malnutrition)などを使用して、低栄養のアセスメントを行い、栄養管理上の問題点として体重減少の程度や食事摂取量、胃腸管機能の変化、また筋力や筋肉量について身体組成の測定などを行います。また、その病因として栄養摂取量の変化のほか栄養の消化吸収能や消化器症状の有無、炎症反応の亢進があるかなどを確認します。

終末期まで6カ月以上と比較的猶予があれば、栄養管理においても静脈栄養などの強制栄養を行うことや抗がん剤治療の継続を考慮するなど、積極的な治療が行えるかどうかを確認します。
3カ月未満の余命となると侵襲的な医療行為を行ってよいかどうかの判断が迫られます。終末期まで3~6週間では、喉の渇きや食事摂取そのものが負担になっていないかなどを検討します。

がん悪液質の薬物治療

これまで悪液質に対して副腎皮質ステロイドや女性ホルモンであるプロゲステロンなどが用いられてきました。食欲不振に対しては一定の効果が認められるものの、筋肉量などの改善は見られませんでした。また使用期間が長くなると易感染性や骨量の減少、血栓症などの副作用が起こるため使用は短期間に留める必要がありました。また、抗精神病薬のオランザピンを食欲改善に用いたり、消化管運動の改善作用があり悪心・嘔吐を伴う場合にはドンペリドンやメトクロプラミドなどを用いたりしてきましたが、効果は限定的でした。

アナモレリンについて

今回紹介するアナモレリン(エドルミズ®錠)は、グレリン受容体であるGHS-R1a(成長ホルモン放出促進因子受容体タイプ1a)を作動させて作用を発現します。
もともとグレリンは今から20年以上前に末梢で成長ホルモンGH(=Growth Hormone)を放つ(=release)ホルモンとして名付けられました。成長ホルモンには筋肉や骨量、脂肪分解促進とともに、消化管の働きを活発にして食欲増進作用があることから、拒食症治療や老化防止、また心血管系にもよい効果をもたらすのではないかと期待されていたホルモンです。今回、がん悪液質への効果が認められて薬となり、世界に先駆けて発売されました。

GHS-R1aは多くの組織に分布しています。特に脳下垂体に働いて成長ホルモン(GH)を放出することや視床下部では食欲の亢進に関与します。GHは、肝臓からインスリン様成長因子-1(IGF-1)を分泌して筋肉の合成を促進します。これらの作用によって体重増加や筋肉量増加が期待されます。実際、日本人の非小細胞肺がんのがん悪液質患者に対してアナモレリンを12週間投与した結果、投与しなかった場合に比べて、除脂肪体重は1.4kg程度増加していたことが確認されています。

アナモレリンを使う時期ですが、前述したように悪液質が進んでしまって不可逆的な状況で用いるというよりも、アナモレリンの添付文書に則り、切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんのがん悪液質患者に限って使用すること、栄養療法などで効果不十分ながん悪液質の患者に使用すること。6ヵ月以内に5%以上の体重減少と食欲不振があり、次の3つのうち2つを満たしていることになっています。すなわち、①疲労または倦怠感、②全身の筋力低下(これは握力や歩行速度、椅子立ち上がりなどの指標を参考に評価する)、③血液検査でCRP値0.5mg/dL以上、ヘモグロビン値12g/dL未満またはアルブミン値3.2g/dL未満のいずれか1つ以上があって、食事がとれない場合や消化吸収不良の患者は除くとなっています。

また、アナモレリンを使ううえでの注意事項として、アナモレリンには心臓の刺激電動系に抑制的に働くため心機能の悪化した患者は対象になりません。つまり、心不全や心筋梗塞の既往、また抗がん剤では心臓への蓄積が懸念されるアントラサイクリン系薬剤の使用歴のある患者などでは注意して使います。さらに併用して使っている薬でも同時には使えない薬がいくつかあります。マイコプラズマなどに使用されるクラリスや抗真菌剤のイトラコナゾール、ボリコナゾールを使っている場合などは、アナモレリンの作用増強が考えられるため同時には使えません。服用方法も食後では薬の吸収が悪くなるため、1日1回空腹時に服用してもらう必要があります。

おわりに

今回はがん性悪液質に対して本邦で使われることになったグレリンの働きを高めるアナモレリンについてご紹介しました。
この薬はがん悪液質を生じて食欲低下を起こし生活の質が低下している患者に適切に使うことで、メリットが少なからずあるものと思います。
食欲がなくて元気がなくなると治療に立ち向かっていこうとか、退院して旅行してみようとか、行きたかったレストランに行ってみようといった意欲が低下してしまいます。

薬は対象となる患者に適切に使ってはじめて効果が得られます。使用上の注意を細かく説明したのはそのためです。発売後に悪液質っぽいからとりあえず使ってみようとか、食欲がないからこれを使ってしまおうという態度で、がん患者にあまねく使っていると薬の副作用ばかりが強調される懸念もあります。そうすると薬の発売中止などといった事態になりかねません。

薬は生体にとっては異物にほかなりません。栄養アセスメントと適切な栄養管理を行うことが基本で、適切に薬の力を借りるという考え方が大切だと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2021年7月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

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