栄養士が知っておくべき薬の知識
第118回
新しい作用機序の貧血治療薬
HIF-PH阻害剤について

今回は新しい作用機序をもつ貧血治療薬であるHIH-PH阻害剤についてその作用機序と適応などについて解説します。

腎性貧血の起こる機序

貧血というと最も頻度の高いの鉄欠乏性貧血ですが、貧血が問題となる疾患に腎性貧血があります。今回、紹介するのは現在まで汎用されてきたエリスロポエチン(EPO)の注射薬に代わる貧血治療薬です。
以前、本連載でも腎性貧血について取り上げましたが、慢性腎臓病ではEPOの産生が低下することによって赤血球の産生が不十分となり、貧血が生じます。もちろん貧血の原因として、赤血球の成分となる鉄の欠乏や栄養障害もその原因として重要です。また、腎臓病患者さんは感染症なども起こしやすく、炎症反応の亢進によって造血が損なわれることもその一因です。

赤血球に含まれるヘモグロビンは、主に鉄を含むヘムとたんぱく質のグロビンからできています。ヘモグロビンは組織への酸素を供給する役割があります。これが低下することによって貧血になれば、息切れや動悸、疲労感や食欲不振を生じかねず、患者さんのQOLは大きく低下します。また、ヘモグロビンの低下によって心臓はそれを代償するために心拍出量を増加させるため、心臓に負担がかかったり、低酸素によって中枢神経系の機能が低下してしまったりするなど、死亡リスクの増加に関連すると言われています。
これまで腎性貧血の治療は、血液中のフェリチン値やトランスフェリン飽和度(TSAT)を測定して鉄の不足がないかどうかを調べ、鉄が十分でも貧血であれば、赤血球造血刺激因子製剤(ESA)によるEPOの補充療法が行われてきました。

HIF-PH阻害剤

腎臓は全身血液量の約25%の血液が流入する臓器で、豊富な血液量によって組織への酸素供給が行われます。酸素を含んだ血液が組織に入ることによって生体は維持されていますが、腎臓では酸素が豊富な動脈から血液が流入するものの、直接静脈で血液が回収されてしまい酸素が組織に行きわたらず、組織における酸素の取り込みが悪いことが知られています。これは動静脈酸素シャントと呼ばれます。

さらに腎臓病が悪化してくると、細胞そのものが線維化して細かな血管が減少し、組織の酸素化が悪くなることや血流の低下によってレニン・アンジオテンシン系が活性化するため、血管を収縮させ酸素の取り込みが悪くなることも起こっています。このような組織の低酸素化が起こると、生体は転写調節因子Hypoxia Inducible Factor(HIF)を放出して、低酸素化から自身の組織を守っていると考えられています。ただしHIFはProlyl Hydroxylaseという酵素によって速やかに分解されることから、Prolyl Hydroxylaseの分解を阻害することでHIFを増やす薬が開発されました。それがHIF-PH阻害剤です。
組織の低酸素化から身を守るHIFは、その作用としてEPOの産生を促進することや、血管新生を促すことで酸素供給を助けるVascular Endothelial Growth Factor(VEGF)といった物質を増やして、組織を低酸素から守っているとされます。また、HIFは鉄利用を促進する物質を増やすことや、鉄利用を低下させるヘプシジンという物質を低下させるといった働きをもつとされます。

有用性への期待

以前より腎性貧血に用いられてきたEPO製剤ですが、慢性腎不全患者に投与した場合、一定以上のヘモグロビン濃度をめざしてEPOを投与すると心血管イベントなどが増え、また腎不全の悪化や透析導入が増加するという試験結果が示されています。したがって、EPO製剤を高用量投与することはためらわれています。HIF-PH製剤の投与によって亢進するEPOは生理的範囲に留まるとされますので、身体内のエリスロポエチンが高用量となることもなく、HIF-PH製剤では患者さんのQOLや心血管イベントのリスクを低下させるのではないかと期待されています。

HIF-PH製剤投与がためらわれる例

現在、腎性貧血となった場合、まずは体内の鉄量を測定します。それでも貧血の改善が見られなかった場合は、EPO製剤かHIF-PH製剤のいずれかを投与することとなっています。EPO製剤は注射薬である一方でHIF-PH製剤は経口薬として販売されていることから、患者さんの負担も少ないと考えられます。ただし、HIF-PH製剤として最初に発売されたロキサデュスタット(エベレンゾ®)は低用量から始めて、維持量にするまでに、1回50mgから開始して週3回服用し、状況に応じて増減させながら、最高でも1回3.0mg/kgを超えないなどと、やや服用方法が煩雑です。

HIF-PH阻害剤は現在まで、ダプロデュスタット(ダーブロック)、バダデュスタット(バフセオ®)、エナロデュスタット(エナロイ®)、モリデュスタット(マスーレッド®)の4剤が発売されています。毎日服用するタイプの製剤も販売されています。
一方、HIF-PH阻害剤は、作用機序からも特有の副作用に注意する必要があります。これはEPO製剤にも言えることですが、血栓塞栓症のリスクが増す点です。ヘモグロビンが上昇することによって血液の粘稠度が増えるため避けられないリスクと言えます。したがって腎不全患者に多い虚血性心疾患、脳血管障害や末梢血管病(閉塞性動脈硬化症や深部静脈血栓症)といった基礎疾患のある方には慎重にその投与を判断すること、となっています。

すでにがんと診断された方も要注意です。HIF-PH阻害剤によって血管新生が促進されると述べましたが、固形がんではVEGFによって血管新生が促進され、がんが増悪する可能性が考えられるためです。同様に糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性症の方もVEGFの発現が亢進することによって病状が悪化してしまう可能性があります。透析患者さんは糖尿病を合併していることが多いため、網膜症をもつ場合は注意が必要です。このほか、肝機能異常や高血圧、高カリウム血症の出現や血管の石灰化などにも注意することとなっています。
また、血液透析患者さんがEP製剤からHIF-PH製剤に切り替えたあとはヘモグロビン濃度が低下する傾向があることから、切替え後のヘモグロビン濃度の低下には注意が必要です。

HIF-PH阻害剤の栄養面への影響では脂質代謝やインスリン抵抗性などへの影響は未だ十分明らかになっていません。ただ基礎的な検討では、腎臓でのグリコーゲン合成の亢進作用から細胞内への酸化ストレスを軽減させるため、急性腎障害にも有効ではないか、との検討が行われています。

新しく開発された組織低酸素を改善するHIF-PH阻害剤をご紹介しました。組織が低酸素に陥っている場合、生体が恒常性を保つため組織の保護を図っているメカニズムの発見者は、この功績でノーベル賞を受賞しています。
一方、HIF-PH阻害剤は、最近発売されたばかりで未だ使用経験も十分ではありません。経口薬で患者負担が少ないなどの有利な面もありますが、思わぬ副作用が生じる可能性も否定できません。患者さんを注意深く観察する必要があると思います。一方、この薬を使う場合、十分な鉄分の必要性やヘモグロビンの原料となるたんぱく質摂取の重要性は変わりません。慢性腎不全の患者さんにはたんぱく質の摂取制限が基本となりますが、良質なたんぱく質をとるよう管理栄養士さんの栄養指導が重要なのに変わりはありません。(『ヘルスケア・レストラン』2021年6月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授