食べることの希望をつなごう
第37回
胃ろう造設はなんのため?
“食べるための胃ろう”があることを知ってほしい

経口摂取が困難なケースにおいて、栄養ルートの1つとして胃ろうを提案するものの、多くの患者さんやご家族はそれを拒否されます。しかし、明確な理由からその決断を下す方は少なく、ほとんどの場合は「胃ろうは悪いもの」というイメージからくる選択です。

胃ろうの適応を改めて振り返る

先日、お笑いコンビ「ペナルティ」のワッキーさんが、仕事復帰されたというニュースを拝見しました。中咽頭がんの治療に伴う休養を終え、仕事に復帰されたそうです。手術はせず、放射線治療を受け、退院後6ヵ月の自宅療養をされたという内容でしたが、そのなかでも「食べ物を飲み下せず、入院中に胃に管を通して栄養を注入する胃ろうを一時的につけた」という一文を読み、治療中の患者さんをはじめ、多くの方が胃ろうのメリット、デメリットについて考える機会になればいいなと思いました。

頭頸部癌診療ガイドラインには、「頭頸部はヒトが人として生きるために欠かすことができない多くの機能を司っており、頭頸部癌の治療にあたっては『根治性』と『生活の質の維持』の両立が求められる」と記載されています。また、「外科療法はほとんどの頭頸部癌に対する根治治療の柱である。いかなる場合においても、外科療法で最も重要な点は完全切除である」とも記載されています。「進行癌に対する根治的治療では、術前や術後に化学療法や放射線治療を組み合わせた集学的治療が必要となるが、機能温存との両立を目指す場合でも、外科療法においては完全切除が大原則」とされています。そして、放射線治療前の胃ろう造設については、「栄養管理や薬物の確実な投与経路として胃瘻造設を含む経管栄養が勧められているが、胃瘻に関しては造設だけでは体重減少をおさえられず、綿密な栄養管理が重要と考えられる。しかし、他の栄養経路に対する優位性について明確に示したデータに乏しいことを勘案し、推奨グレードはC2とする」とあります。一方、静脈経腸栄養ガイドラインでは、「腸が機能している場合は、経腸栄養を選択することを基本とする」とされています。そして、「経口的な栄養摂取が不可能な場合、あるいは経口摂取のみでは必要な栄養量を投与できない場合には、経管栄養を選択する」は強く推奨され、「経管栄養が短期間の場合は、経鼻アクセスを選択する。4週間以上の長期になる場合や長期になることが予想される場合は、消化管瘻アクセス(可能な場合は胃瘻が第一選択)を選択する」ことが、一般的に推奨されるとランク付けされています。

経口摂取が楽しみから苦痛に変わってしまう時

私が主にかかわっている口腔がんの患者さんは、手術によって食べる機能、しゃべる機能に影響が出ます。術直後は経鼻胃管からの経腸栄養から、嚥下機能評価を行い、経口摂取へと移行します。経口摂取のみで必要な栄養量が確保できるまでは経鼻胃管を抜かず、経口摂取では足りなかった栄養を経鼻胃管から投与します。経口摂取の確立まで時間がかかりそうな場合は胃ろう造設し、リハビリを行いながら経口摂取を進めていきます。問題は、なんとかぎりぎり経口摂取のみで必要栄養量が確保できそうだけれども、今後追加治療が控えているという場合です。放射線治療と化学療法が行われる場合、かなりの確率で粘膜炎が生じます。まったく症状が出ない患者さんもたまにいらっしゃいますが、粘膜炎の痛みをはじめ、唾液の減少による乾燥、味覚障害などの理由から食事摂取量が減少する場合がほとんどです。痛み止めを使用したり、食事の形態や味付け、温度、量など配慮し、なんとか乗り切れる方もいれば、体重が減り、傷の治りも遅くなり、と悪循環にはまってしまう場合もあります。

なかには「食事の時間が地獄だ」とおっしゃる方もいます。「薬だと思って食べている」、「鼻からチューブを入れたくないから頑張る」など、本来楽しい時間であるはずの食事の時間が、栄養をとるための義務の時間になってしまうのはとても残念です。何より困るのが、薬が飲めなくなってしまう場合です。錠剤が飲みづらくなってしまった場合は、薬剤師が中心となって患者さんと相談し、剤形を変更しますが、粉にすればよいというものでもありません。粉砕が不可能な薬の場合は薬自体の変更が必要になる場合もありますし、粉にすると量が増え、かえって飲むのが大変になってしまったり、口の中で散るため錠剤より薬の味を感じやすくなってしまったりします。そんな時、経鼻胃管でも胃ろうでも、ほかのルートがあったらと思うのです。

経鼻胃管も胃ろうもダメなら経静脈のルートがあるのですが、腸が機能している場合は経腸栄養を選択するのが基本です。以前入院された50代の女性は、経鼻胃管を入れることを断固拒否され、また術後の経腸栄養の期間は1週間程度と短期間の見込みであったことから、術後は経静脈栄養となりました。術前は常食を問題なく摂取できており、特に既往はなかったのですが、術後の嚥下機能評価では消化管の動きが悪く逆流のリスクが高い状態になっていました。年齢が若く、逆流性食道炎など既往もなかったため、腸を使っていなかった影響があったのではと考えられました。「腸が機能している場合は経腸栄養が基本」ということを身をもって体験したわけです。

正しい知識を得ることで選択肢は増える

患者さんのなかには、経鼻胃管の違和感がとても強い方がいらっしゃいます。経鼻胃管のチューブが嚥下時痛につながることもあります。そんな場合は試しに経鼻胃管を抜いて食べてみてもらい、明らかに経口摂取量が増えるような場合には、経鼻胃管再挿入のお話もしたうえで、経鼻胃管抜去を依頼します。しかし、胃ろうの場合には、経鼻胃管挿入で起こる喉の違和感や嚥下時痛のリスクはありません。バルーン訓練では経鼻胃管が抜けてきてしまうことがありますが、胃ろうでは起こりません。
胃ろうについて良くないイメージをおもちの患者さんは多く、「胃ろう?ぜひ造りたい!」という方にはお会いしたことがありません。「胃ろうにしたらすぐに亡くなった知り合いがいる」とか、「寝たきりになった人を知っている」など、実際に胃ろうを使用している方を知っていて、良くない印象が残っている方もいらっしゃいますが、なんとなく怖い、寝たきりでも生かされてしまう、というような思いをもっている方もいらっしゃいます。

でも、食べられないから胃ろう、ではなく、食べるための胃ろうもあるということを知っておいてほしいと思うのです。もちろん、胃ろうを造設するには手術が必要ですから、リスクがないとはいえません。でも、食事に苦痛を伴ったり、とても食事に時間がかかったり、1人前を食べるには量が多かったりする場合には、経腸栄養でしっかり栄養や薬・水分をとったほうが、治療の完遂やQOLの向上にもつながると思うのです。そして経腸栄養も、経鼻胃管だけでなく胃ろうという選択肢があるということ、必要がなくなれば胃ろうは閉じられるということなど、少しでも良いイメージをもってもらえるといいなと思います。もちろん、どんな場合でも胃ろう造設が適しているというわけではありませんが、「胃ろう」という単語に拒否反応を示す患者さんもおられるので、今回のワッキーさんの胃ろう造設が、胃ろうを「イメージ」だけではなく、メリット・デメリットをきちんと考えるきっかけになり、栄養ルートの選択肢の1つに加えていただけるといいなと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2021年4月号)

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士、TNT-D管理栄養士、糖尿病療養指導士

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