お世話するココロ
第126回
愚痴の効用

最近いつ愚痴をこぼしたか覚えていますか?私は毎日のようにツレに聞かせています。愚痴とは「言ってもしかたのないことを言って嘆くこと」(Weblio国語辞典)。しかし、本当に言っても仕方がないかというと……意外にそうでもないのです。

愚痴の効用

私が最近ツレにこぼした愚痴は、希望の日が休みになっていなかったことでした。ツレの年休と合わせて私も休みを取ったつもりが、希望を出し忘れたのでしょう。出てきた勤務表は、その日がしっかり勤務になっていました。
とはいえ、私の職場は比較的融通が利き、勤務者が多ければ休みが取れます。ところが、この日に限って勤務者が少なく、休むのは難しそう。上司にいったんは頼んでみたものの、「やはりこちらで調整します。申し訳ありませんでした」と、強くは押せませんでした。
2人の休みといっても、特に予定もありません。その日休めないことはよいとして、自分が休み希望を出し忘れた。その失敗が、悔やまれてならなかったのです。

小さなことなのに、ものすごく落胆してしまう。皆さんはそういうことってありませんか?私にはよくあります。一度深みにはまると、愚痴が止まりません。
「なんで休み希望を忘れたんだろう」、「ひょっとしたら、口頭で言ったんじゃないか」、「いや、人のせいにしちゃいけない。やっぱり私が忘れたんだ」……。
ツレを相手に、延々愚痴。結婚して30年以上が過ぎ、ツレもこうした私の性分は熟知しています。愚痴をこぼすうちに気持ちが落ち着き、「まあ仕方ないね」。そんな気持ちになれるのです。

改めて考えると、愚痴は、すごい力をもっていると思います。「言ってもしかたのないことを言って嘆くこと」というだけあって、言っても状況は何も変わりません。でも、思いの丈を吐き出すと、なんとなく気持ちが軽くなります。
今はコロナ禍。人と直接会う機会が減り、疎遠になる傾向もあるのではないでしょうか。そのため、愚痴をこぼせずに、溜めがちになっている人も多いと思います。
そんな時こそ、電話、ズーム、メールなど、方法は何でもかまいません。ぜひ、愚痴をこぼす努力をしてみてください。

聞き流しても聞け 部下の愚痴

管理職時代、部下の愚痴をいかに聞くかが、仕事の一部でした。ところが、当時の私は、愚痴をこぼされると、解決策をと焦りが募るばかり。その結果、じっくり話を聞けなくなっていました。
その弱点をはっきり指摘してくれたのは、私より10歳ほど下のベテラン看護師でした。彼女は当時、同年代の同僚との関係に悩み、よく私に話をしに来ていたのです。
「○○さんの仕事があまりにもいいかげんで、チェックして回らなければなりません。患者さんにもやさしくないし、すごくストレスなんです」と、彼女は嘆いたものです。
分はベテランの彼女にありました。その同僚は気分にむらがあり、仕事の質は、ベテランの彼女のほうが数段上だったのです。彼女の、同僚の仕事ぶりが気になり、いらだってしまうという気持ちもよくわかりました。

困ったことには、その仕事ぶりはその人の人間性と深く関係していたのです。気分の浮き沈みが激しい、気乗りしないとサボる……。こうした問題は、指導や教育で直るとは思えません。
もちろん私も、始めから手をこまねいていたわけでもないのです。気になった時には、かなり厳しく注意し、その後しばらくは頑張ってよい所を見せてくれます。
ところが、時間が経つと元の木阿弥。話しに来る彼女も、こうした経過はわかっており、私に気を遣っているのがまた、申し訳ない気持ちだったのです。

問題のスタッフは、ほかの人からも敬遠され、一緒の勤務は誰からも嫌がられていました。私もそれはわかっていたので、勤務表にはとても気を遣ったものです。
若い人と組むとだらける傾向があったので、2人きりになる夜勤はベテランと組ませる。また負担を考慮し、なるべく違う人と組むようにしなければなりません。
もともとスタッフが少ないうえに、休み希望が多い病棟だったので、こうした条件をつけて勤務を組むのは、至難の業でした。彼女が私のもとに愚痴を言いに来たのは、問題スタッフとの勤務が何日か続いたあとだったのです。

「師長さん、ちょっと話を聞いていただけますか?〇〇さんのことです。何度も同じ話を聞かせてごめんなさい。でも、ちょっと聞いてもらわないと、気持ちがもちそうになくて」
そう前置きして、彼女の話が始まりました。

内容は、いつもの話と言えば、いつもの話。いかに働かず、休憩を長くとり、多くの仕事を残して帰ったか、ということでした。
「本当に、〇〇さんには、かなり注意もしたんだけど、本当に変わりませんよね。一緒の勤務が続かないように気をつけているんだけど、今回は休み希望が重なっていて、どうしてもあなたとの勤務が続いてしまったんです」と、ついつ私は、言い訳モードになってしまいました。

すると彼女は、ぴしゃりとこう言ったのです。「師長さんがいくら言っても〇〇さんが変わらないのは私もよくわかっています。だから、何をしてほしいとは思いません。ただ、話を聞いてほしいだけ。聞いてもらうと、かなり気持ちが軽くなるんです」。

これを聞いて、自分に何もできないと思う時ほど、部下の愚痴をきちんと聞かなければいけないのだと学びました。無力感を痛感して聞くのがつらければ、聞き流してもかまいません。部下の愚痴は、聞くことに意味があるのです。

愚痴は相手を選んで

私のもとには時々、かなり深刻な悩みのメールが届きます。実名もあれば匿名もあるのですが、いずれの場合も、私にはかかわりがない場所で起きていること。私が完全なよそ者であるからこそ、率直に書けるように感じます。
多くが人間関係に関する悩みで、読んでいるだけで大変さが伝わってくる場合もあります。たとえば、えこひいきがひどく、常に感情をむき出しの看護師長や、女性蔑視がひどい男性医師。サボることばかり考える先輩や、ぽか休した日に外食した写真をインスタグラムにアップする後輩……。
その嫌なヤツ、だめなヤツっぷりの描写がすごく生き生きしていてクスリと笑ってしまうものもあります。読んで感心したら、私は返事にそのように書きます。「本当に大変な状況だと思うのですが、それでもメールを読みながら、私は笑ってしまいました。つらいのに、ごめんなさいね。でも、ユーモアのある文章には、知性を感じます。あなたは、自分の今の気持ちを書きながら、気持ちを整理なさっているのではないでしょうか」

この返事に、メールをくれた人は、とても喜んでくれました。実際その人は、書くことでかなり整理ができたとのこと。文章のなかに、その人の見方や感じ方が書かれている場合には、感情をうまく吐き出せており、次につながる場合が多いと感じます。

愚痴は聞き苦しいイメージがありますが、決してそうとは限りません。また仮に聞き苦しいとしても、誰かに伝えないと収まらない場合もありますし。
そんな時、王様の耳はロバの耳。話が漏れない相手に、愚痴をこぼすのが一番いいと思います。
そしてできれば、相手をくそみそに言うよりも、自分が感じているその感情を伝えること。そうすれば、感情にまかせて悪口を言った後味の悪さは回避できます。
このように、愚痴にはテクニックがあるといえます。つらい時には気持ちを溜めず、上手に吐き出しましょう。(『ヘルスケア・レストラン』2021年3月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。現在は精神科病院の訪問看護室に勤務(非常勤)。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に「宮子式シンプル思考 主任看護師の役割・判断・行動力」(日総研出版)がある

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