“その人らしさ”を支える特養でのケア
第39回
「煎餅を食べたい!」
求めていたのは食感が持つおいしさ
要介護高齢者でも、カリッとした食感のバターピーナッツを食べたい――。自らの先入観や価値観を越え、個々に寄り添った栄養ケアとは何かと考える機会がありました。
要介護高齢者でも、カリッとした食感のバターピーナッツを食べたい――。自らの先入観や価値観を越え、個々に寄り添った栄養ケアとは何かと考える機会がありました。
煎餅を食べたいと言うAさんにお手上げ
要介護高齢者は口腔機能が低下していて硬い物は食べられない――。
要介護高齢者の食事にかかわっているとこのようなことは当たり前で、軟らかい物を提供することが暗黙の了解となっているのではないでしょうか。
今回「歯ごたえのよい物を食べたい」と訴えたご利用者とかかわり、これまでの対応について考え直すきっかけとなったので紹介します。
Aさんの食事は塩分制限食です。慢性心不全で在宅酸素を利用中ですが、いつお目にかかっても大きな声で話してくださり、その小さな身体のどこにそんなパワーがあるのか!と驚かされています。
「ねぇ、Aさんに『お菓子を食べちゃダメ』って説得してよ!」
ある時、相談員がそう言って栄養課の執務室に飛び込んできました。塩分制限があるのに「煎餅を食べたい」と言い張るAさんに、看護師も介護職員もお手上げ状態だというのです。ご家族は「好きな物を食べさせたい」とお菓子を差し入れているし、先日の入院の最中も堂々と(!)煎餅を食べていたらしい……。
退院前、病院で行われたカンファレンスの内容を確認すると「煎餅を食べることを許可していないが食べていた。食事摂取量は平均6割程度であった」と記載されていました。
スタッフステーションで頭を悩ませていると「とにかく話をしてほしい」と相談員に言われ、私はAさんのお部屋にうかがい、食事のみで1日の塩分摂取量の上限に達してしまうことや、煎餅を食べることで上限を超えてしまうこと、塩分を多くとることで浮腫が進行し、心臓に負担がかかることなどを説明しました。
Aさんはうなずきながら話を聞いてくれたあと、「でも、もう97歳だから、我慢しないで好きな物を食べたい」と、私の目をまっすぐ見ておっしゃったのです。
さらに、煎餅が大好きなことや煎餅を食べることが生きがいであることなど、切々と語り出しました。そのうえ、「カリッとした歯ごたえがたまらない」から煎餅のほかに豆菓子やバターピーナッツも食べたいのだと締めくくったのです。
Aさんの返事は想定外の内容で、驚いた私は言葉を失いました。それと同時にAさんの「お菓子を食べたい」思いの強さに強く共感し、Aさんの応援をしたくなってしまいました。「みそ汁や漬物も大好き」とうれしそうに話すAさんにこれ以上の説得の余地はなく、「主治医と相談しますね」と説明して部屋を退出しました。
ほかのスタッフには、塩分0.3gくらいまで提供してはどうかと提案し、しぶしぶではありますが、菓子を提供し始めました。
菓子提供について本人と十分に話し合う
その後、塩分制限が守られていないことやあの日から体重が増えていることが後ろめたく、恐る恐る参加したAさんの往診でのこと。ご本人への往診前に行われたカンファレンスでは浮腫の増強や、菓子への執着から菓子を食べないと癇癪を起こし、介護拒否につながりそうなことが報告されました。
Aさんの思いを聞いていた私は本人の弁を伝えましたが、菓子提供については主治医も渋い顔です。カンファレンスの結論として、菓子提供は現状のままに(塩分0.3g/日の分量)することと、今後の治療方針としては、利尿剤の追加が決まりました。
ご本人へは往診の際に伝えられましたが、納得できないAさんは「お菓子をくれないならお薬は飲みません!」と主治医に宣言。困った主治医はAさんと十分に話し合い、食事を含めて、1日の塩分摂取量は8g未満までと決定しました。さらに、主治医にはほかの間食についても相談し、エネルギーなどについておおよその提供量を決めました。
その後、食べられる菓子量が増えたことでAさんはずいぶんと満足されたようでした。
Aさんの体調はしばらく落ち着いていましたがある時、急な食欲不振が起こり、私は再び病室を訪問しました。すると「食事は食べたくないけど、豆菓子が食べたい。何か歯ごたえのある物」と希望されました。準備されていた菓子の中から硬い物を選んで渡しました。が、口にできません。その後、Aさんは心不全の治療のため再入院することとなりました。
歯ごたえのある物を食べたい気持ちに気づく
Aさんは、しょっぱい物が食べたかったのでしょうか?
Aさんがご家族に差し入れてもらっていた物は歯ごたえがよく、サクッとした食感の物が多くありました。Aさんが求めていた物は実は、食感の変化だったのではないでしょうか。
以前、軟らかく加工したレトルトの筑前煮を試食した時のこと。一緒に試食に参加したケアマネジャーが「歯ごたえのないレンコンって食べた気がしないね」と何気なくつぶやいたことがありました。
そのことを思い出し、歯の状態に問題がなく咀嚼もしっかりできている方なら「たまには歯ごたえのある物も食べたいよな」と感じたのです。
私はこれまで、高齢者が食べやすく食べたい物として、軟らかく噛み砕きやすい物にばかり目を向けていました。今回、その自分の安直さに気が付き、がっかりしてしまいました。そしてAさんが「カリッとした歯ごたえがたまらない」と、バターピーナッツを希望した時に「それは危ないからダメ」と言いかけたことも反省しました。
今回のAさんの事例から高齢の要介護者の方の気持ちについて、自分の先入観や価値観の中でしか考えていなかったことに気づかされました。個々に寄り添った栄養ケアをしていたつもりがまだまだ不足していたのだと実感したのです。
それからはこの苦い経験を教訓に、利用者の食べ方や普段の言動にこれまで以上に注目するようにしました。今後も利用者の思いを傾聴し、それぞれの口腔機能を精査しながら、食を通して少しでも「うれしい」と感じてもらえるような挑戦をしていきたいと思っています。(『ヘルスケア・レストラン』2021年3月号)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る