お世話するココロ
第124回
うつの人とかかわる

親しい人の母親がうつになり、しばらく定期的に様子を見に行っていました。最初は毎週、良くなってきてからは隔週と、現在はお見舞いの頻度を減らしており、幸いにも回復は順調です。この経過を通じて改めてうつについて学んだことを、ご報告します。

うつと診断されるまで

今回私がかかわったのは、80代半ばの女性です。同年代の夫ともども生来健康。病気といえば降圧剤の内服程度でした。
ところが80代に入ると、女性は次々大病をします。最初の脳梗塞は軽く済んだものの、続いて大動脈解離が見つかりました。
いずれも命にかかわる病気だったため、大事を取らねばならず、行動範囲は以前より狭まっています。ボランティアなどの社会活動もやめてしまいました。

「うつではないか」と相談を受けたのはそれから少し経った頃です。不眠と食欲低下が主な症状でした。
「まったく眠れないわけじゃないんだけど、床についてからも眠れないのよ。で、いつの間にか眠るんだけど、起きてもぼうっとしているの。脳梗塞のせいもあるとは思うんだけど、このぼうっとしているのが、なんかつらいのよ。とにかくすっきりしなくて。買い物も洗濯も、やろうと思えば何でもできるんだけど、やる気が起きなくて困っちゃう」

「口にしてしまえば食べられるんだけど、食欲がなくて、おいしくないの。以前より量も減っているんだけど、それ以上に、どんどんやせてきてしまったわ」

こうした訴えのなかでも、急激に進んだやせは心配でした。急激な体重減少で最も疑われるのはがんかうつ。まずは身体疾患の可能性を除外しなければと考えました。

ちなみに、うつ病の症状は、気分がふさぐ、眠れない、といった精神面での症状に限りません。食欲不振、ふらつき、めまい、息苦しさなど、身体にさまざまな影響が出る病気です。
身体疾患との鑑別は意外に難しく、複数の医療機関にかからなければならない場合もあります。
幸い、かかりつけ医での診察では、新たな疾患は見つかりませんでした。

治療経過

その後、精神科を受診した女性は、うつ病の診断のもと、内服治療が始まりました。
女性は脳梗塞の既往のある高齢者であるため、医師は用心深く治療を始めました。最初処方された薬はメラトニン。眠りを調整するホルモン剤のようなもので、効果はマイルドです。しかしこれでは訴えが変わらず、その後抗うつ剤と眠剤が処方されました。

結論からいえば、数回の薬物調整で彼女は眠れるようになり、うつは改善してきました。一度落ちた体重はなかなか盛り返しませんが、体重減少が止まったことで、本人も周囲もかなり安心したようです。

ただし、薬物調整は初め、やや手間取りました。薬が変わると、「ふらふらする」「日中ぼうっとしている」などと訴える症状が増えます。その結果、「前のほうが眠れた」「このまま飲んで大丈夫か不安」など、薬物への不満を訴えたのです。相談を受けた私は、その都度同じ説明を繰り返しました。
「今出ているふらつきや、ぼうっとする感じは、うつそのものでも出る症状なんですよね。薬の副作用かもしれませんが、うつによるものの可能性もあるんです。また、副作用だったとして、飲み続けると慣れる場合もありますから。可能なら、飲み続けてみるといいでしょう。でも、どうしてもつらければ、早めに受診して、先生に相談するのがいいと思います」

このようなやり取りは何回か続き、結局女性は内服薬を長く飲まずに、医師への電話相談や再診を繰り返しました。そして、何回目かの時、主治医からこう言われたといいます。
「薬によっては、2週間くらい飲まないと効いてこないものもあります。少し我慢して飲み続けてみてください」
この言葉を聞いて、女性は腹をくくれたようです。主治医もこれまで4週間ごとの受診を予定していたところ、2週間ごとにインターバルを短くしました。

指示どおり内服するようになって、ひと月程度経ったところで、状態はかなり上向きになってきたのです。以後はさらに少しずつ回復していきました。

良くなると症状の訴えが減ってくる

経過中、女性がかなりこだわったのは、眠りでした。「夜眠れたと思うと、寝過ぎちゃってすっきり起きられない」「疲れが取れなくて、日中もうとうとしちゃう」。
そして、決まって最後に聞かれるのは、「先生は、夜よく眠れるように、日中はなるべく起きてろって言うの。でも、夜寝た気がしないから、昼間眠くなっちゃうんじゃないかしら。やっぱり起きていたほうがいいのかしら」。

眠れないから日中寝てしまうのか。はたまた日中寝てしまうから夜眠れないのか。この質問は、本当によく聞かれるのですが、毎度答えに窮します。
「確かに、昼間眠ってしまうと、夜眠れない人もいます。ただ、私の経験では、うつの人は夜に眠っている人でも、眠りの質が悪いのか、疲れが取れない場合が多いんですよね。だから、夜寝ていても、やっぱり昼間寝てしまったり。基本的には、消耗する病気なので、寝られるだけ寝て疲れを取るのも、ある時期には必要だと思います」

このように、私の答えはいつもはっきりしていません。症状が多彩で、薬の副作用との見分けが難しい。そして、症状同士の因果関係が複雑なのも、うつの特徴なのです。

また、同居している家族がしばしば口にしたのは、「本人はああ言うけど、そうじゃないんですよ」という言葉。「食べられない」と言いながら食べている、「眠れない」と言いながら眠っている。これが家族の言い分でした。
本人を前に家族がこのように言う時、私は基本的に本人の側に立つようにします。この場面では、家族から見た症状と、本人の苦痛がずれやすいことを話しました。

「一番大事なのは、ご本人の感じ方です。ご家族から見て問題がなくても、そのように思えないのは、やはり気力がないからでしょう。肯定的な気持ちになる元気がなく、不安になりやすいのです。それから眠りは、まだまだ疲れやすく、眠りが足りないのかもしれません。実際に食べられているかも大事ですが、本人がどのように感じているかの自己評価も、大事なんです」

とはいえ、家族の気持ちもわかります。「食べられない、食べられない」と言われると、食べられている事実を伝えて安心してもらいたくなるのが人情。けれども残念ながら、こうした肯定的な言葉は、うつのままではまったく受け入れてもらえません。

がっかりする家族に、とにかく気長に時を待つよう話しました。
「こうすればよくなる、と一生懸命かかわっても、その甲斐があるとは限りません。少し気持ちを楽にもつように努力してください。あまり頑張ると、その分よくなってほしいと期待値が上がり、お互いに苦しくなりますから」

私が勧めるのは、長くがっちりかかわるより、短い時間で数多くかかわること。うつの時は人とかかわるのも疲れますから、短い時でもまめに顔を出すのがいいでしょう。
そして、良くなるにつれて、症状の訴えが減り、表情が豊かになります。ゴールは肯定的な訴えが聞かれるよりも、否定的な訴えが減っていくことなのです。(『ヘルスケア・レストラン』2021年1月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。現在は精神科病院の訪問看護室に勤務(非常勤)。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に「宮子式シンプル思考 主任看護師の役割・判断・行動力」(日総研出版)がある