お世話するココロ
第118回
「自粛」と精神衛生

新型コロナウイルス感染症による外出制限によって、さまざまな問題が生じています。なかでも、依存症をはじめとする精神衛生上の問題は、今後深刻になりそうです。

露見する精神衛生上の問題

2020年4月7日に出された新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言は、当初の期限だった5月6日には解除されなかったものの、25日には全面解除になりました。
今回のような日本の制限は、都市封鎖と呼ばれる強い外出制限に比べれば、まだ緩いのでしょう。それでも、「Stay Home」の求めにより市民生活にさまざまな影が出ました。

深刻な影響として真っ先に挙げられるのは、自粛を求められた飲食店の経営難、解雇させられた非正規労働者などの経済問題です。しかし、それと同等、見方によってはさらに深刻な問題として、精神衛生上の問題がもっと注目されなければなりません。

外出制限が始まった当初から指摘されていたのが、DV、子どもや高齢者への虐待など、家庭で行われる暴力行為です。これらへの有効な対策である、他人の目を入れる、なるべく距離を置くなどの対応は、外部を遮断しての「Stay Home」とは真逆のものなのです。
さらに、閉塞感に加え先々への不安が暴力性を高め、弱者がはけ口になりやすい状況もあります。もとから家庭という密室で行われる暴力は露見しにくく、どれだけ被害が増えたのか、また増えているのか、計り知れません。

また、家から出られないこと、仕事ができないことなどから、ギャンブルに走る人もいます。自粛要請に従わず、営業を続けたパチンコ店が店名を晒された際、近隣からも客が押し寄せた、というエピソードもあります。
思慮のない行動に怒る世論もありましたが、私は怒る気力も失せたという気持ちでした。あれだけ注目されている状況で、人目を気にせずパチンコ店に来れる神経にあきれ果てたのです。

しかし、改めて考えると、状況は深刻です。あれだけ注目されているパチンコ屋なら、メディアが取材に来るのは、すぐに予想できます。大抵の人は、そこで思い留まるでしょう。
それをも気にせずパチンコ屋に来るのは、一線を越えた人ではないでしょうか。私はかなりの確率で、あそこにいた人はギャンブル依存症だと考えています。

酒量が増えがちな自粛生活

規制の強まった社会であぶり出された依存症は、ギャンブルだけではありません。アルコールの問題も密かに進行している可能性があります。

ゴールデンウィークのさなか、缶・瓶ゴミの収集日のこと。周辺の家のなかには、ビールの缶や、酒瓶のごみを多量に出している家庭がいくつもありました。これまでにはなかったことです。
報道によれば、在宅の時間が増え気づかずして酒量が増えている人も多いと聞きます。また、距離を置きつつ交流がもてる「ネット飲み会」も、要注意。時間を気にせず飲んでしまい、酒量を増やす可能性があります。
先日も、テレビのニュースでこの問題が取り上げられ、「家に帰る手間がないので、朝まで飲んでしまった」などという声が紹介されていました。

私が働いている病院にはアルコール依存症の人が多く集まっています。非常によく聞く話として、「勤めがある間は付き合い程度だったが、失業して家にいるようになって、泥酔するまで毎日飲むようになった」「独立して酒を飲みながら働くようになって、どんどん深みにはまった」というパターンがあります。
人目も時間の制約もない状況というのは、昼間からの深酒を可能にするのですよね。単なる酒好きと依存症の境目は、意外にわずかだと感じます。
もとからお酒が好きな方は、ご自身の飲酒が行き過ぎていないかぜひ振り返ってみましょう。飲んだ量を記録する、ここまでしか飲まない、という量や時間を決めるなど、自分で自分にきちんと制限をかけるのが、依存症にならないために大事だと思います。

依存症とDV加害者は、ひとたびモノや行為にのめり込むと自制できなくなるという点で、共通点があります。いったん一線を越えると、元来備わっているはずの理性は、歯止めになりません。
いずれも治療の中心は、同じ病気をもつ人が励まし合い、自制する力を取り戻していく、自助グループになります。最も活発な活動をしているのはアルコール依存症の人たちで、「断酒会」「AA(Alcoholics Anonymous:無名のアルコール依存症者たち)」の2つが知られています。

そして「コロナ・スリップ」

私が訪問看護でかかわるアルコール依存症の人の多くが、「断酒会」または「AA」、これらの手法を取り入れたデイケアなどに参加しています。そして、こうした集団活動ときちんとつながることができるかが、スリップ(再飲酒)するかどうかの分かれ目だとも見えます。

ところが緊急事態宣言が出て以降、この集団活動が難しくなってきました。まず、会場の問題。公的な集会場がクローズになり、開催場所が確保できないグループは、活動休止を余儀なくされました。
また、会場の問題がクリアできても、今度は「三密」の問題が残ります。三密とは、①密閉空間(換気の悪い密閉空間である)、 ②密集場所(多くの人が密集している)、③密接場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる)の3つ。ウイルスの感染拡大防止のため、この「三密」回避が強く求められるようになりました。

自助グループの活動は、語り合いが大きなウエートを占めています。プライバシーの守られる空間で、自らの経験や気持ちを語り合う。まさに「三密」は必須といえるでしょう。
できる対策といえば、なるべく座る距離を離すこと、そして換気に気をつけること。しかし、会場のスペースによっては限界もあり、活動するグループは本当に限られるようになっています。

通っていた自助グループが活動休止してしまったある当事者は、その苦境を次のように話してくれました。

「通所先がなくて、僕も仲間も本当に困っています。やっぱり励まし合って何とか飲まずにきているんだな、と改めてわかりましたよ。このままじゃ『コロナ・スリップ』が起きるよね、って仲間と話しています。会えない間は、SNSやメール、電話で連絡取り合おうということにしたけど、これがなかなかうまくいかなくて。対面じゃないと、話がこじれちゃうことも多いんですよね。私も含めて、皆めんどくさい人間だから。そうじゃなきゃ依存症なんかにならないでしょう。オンラインは難しいです」

まさに納得。次善の策としてオンラインでの交流は意味がないとは思いません。「コロナ・スリップ」の問題は、この先後を引くのではないでしょうか。一日も早い活動再開を願うばかりです。

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。現在は精神科病院の訪問看護室に勤務(非常勤)。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に「宮子式シンプル思考 主任看護師の役割・判断・行動力」(日総研出版)がある

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