栄養士が知っておくべき薬の知識
第108回
医薬品経腸栄養剤に仲間入りした新規2製剤の特徴とは?

医薬品経腸栄養剤はその種類は限られますが、ここ数年で、エネーボやイノラスが新規発売されました。 特にイノラスは昨年に発売されたばかりですので、今回は両者を比較しながらその特徴を見ていきたいと思います。

エネーボとイノラスの相違点

本連載の第102回(2020年2月号掲載)で添付文書の見方について述べました。その時に取り上げたのが2014年に発売された経腸栄養剤「エネーボ®」でした。
これに続いて発売された医薬品の経腸栄養剤に「イノラス®」があります。今回はエネーボとの相違点などを中心にイノラスについて述べたいと思います。

エネーボとイノラスの大きな違いは濃度です。イノラスは、高濃度かつ、1日に必要なビタミンや微量栄養素を3パック(1パック当たり300㎉)でほぼ充足するようにつくられています。
以前開発された医薬品の経腸栄養剤にはエンシュア・リキッド®やラコール®があります。これらは概ね1600㎉程度で栄養所要量を充足できるようになっていますが、エネーボはやや少なめの1400㎉に設定されています。

一方、従来の医薬品経腸栄養剤は微量栄養素を含有していなかったり、食事摂取基準を充足していなかったりしたため、長期管理時にはその欠乏症が懸念されました。エネーボやイノラスが発売されたことによってそれが払拭されたといえます。

三大栄養素の配合割合

たんぱく質量はエネーボが4.5g、イノラスは4gとなります(100㎉当たり)。NPC/N比の標準を150前後と考えると、いずれもたんぱく質はやや多めに含有されています。
900㎉で1日に必要な栄養素を充足すると考えると、エネーボでは40.5gですので、体重の軽い方ではほぼ1日必要量を満たしますが、多くの方の場合、必要量の充足は難しいかもしれません。

糖質と脂質量はイノラスとエネーボにほとんど違いはありません。脂質について、イノラスではn─3系とn─6系の脂肪酸量が明記されていて、その比は約3:1です。
以前はこの比の基準を4:1とされていましたが、現在、n─3系脂肪酸から生じる代謝物の活性は独自なものとして、その摂取量自体が比率よりも注目されています。また、イノラスには魚油も含まれています。

このほか、イノラスでは白糖を使わずにデキストリンのみが配合されているため、やや甘味が抑えられていると考えられます。
一方、エネーボは白糖、フラクトオリゴ糖、難消化性デキストリン、大豆多糖類を配合していて、糖質の急な吸収を抑えるような配慮がなされていると考えられます。

濃度、水分量や浸透圧などの違い

濃度について、イノラスは1.6㎉/㎖、エネーボは1.2㎉/㎖という違いがあります。水分量はイノラスは62.5㎖、エネーボはやや多く81㎖となります(100㎉当たり)。つまりイノラスは900㎉投与してもわずかに562㎖しか水分を投与できません。したがって追加の水分投与が必要になると考えられます。エネーボも追加水が必要な点は同様です。
またイノラスは濃度が高い分、浸透圧も670mOsm/Lと通常の栄養剤の約2倍のため、急速に投与すると下痢の原因になると考えられます。

粘度はイノラスが約17mPa.s、エネーボは約16mPa.sとなっています。粘度が高いと経管栄養のチューブ詰まりの原因になります。
ちなみにエンシュア・リキッドは約9mPa.s、ラコールNFは約6mPa.sと、いずれも粘度はやや高くなっています。経鼻チューブなどで細いチューブを使っている場合は、チューブ詰まりに注意が必要です。

ビタミン類の配合量

ビタミンについて、イノラスではビタミンDの配合量が多くなっています。高齢者の骨粗しょう症や骨折への配慮と考えられます。
ただしイノラスを多く投与した場合(5パック1500㎉まで)、ビタミンDによってカルシウム吸収が良好になり、高カルシウム血症も懸念されます。ほかのビタミン類は若干の相違はあるものの、ほぼ同量が配合されています。

イノラスを販売する大塚製薬工場の経腸栄養剤には以前、ビタミンKが多めに配合されていた時期がありましたが、イノラスでは100㎉当たり8µg程度と標準量になっています。
抗凝固薬のワルファリンを服用している患者さんでも大きな問題にならない量であると考えますが、少なからずビタミンKを含むため、以前にどのような栄養管理が行われていたかの確認は必要だと思います。

ミネラルその他の配合量

ナトリウムはイノラス90㎎、エネーボ約77㎎とそれほどの違いはありません(100㎉当たり)。イノラスでは900㎉投与時の食塩換算で約2gしか投与できません。
一般的に経腸栄養剤の塩分量は控えめになりますが、高齢者など腎臓におけるナトリウム再吸収能力の低下した患者さんや、塩分が不足しがちな脳疾患患者さんなどでは、低ナトリウム血症を生じる可能性があると考えられます。

カリウムはイノラス約184㎎、エネーボ100㎎と若干の違いがあります(100㎉当たり)。腎不全の進んだ症例ではカリウム制限が必要になることもあり、注意が必要かと思います。

両者ともにセレンやモリブデン、クロムといった必須栄養素が微量ながらもきちんと含まれています。以前に開発された医薬品の経腸栄養剤には含まれていないため、これらの栄養剤で長期管理になっている場合、イノラスやエネーボに変更することを考慮し、欠乏症が生じないよう管理することも大切だと思います。

また、両者ともカルニチンとコリンも配合されています。腎不全患者などではカルニチンの欠乏によって脂質代謝が滞り、エネルギー産生に支障を来すことも報告されていますが、その点にも配慮されています。
コリンは神経伝達物質であるアセチルコリンの原料であり、その不足によって脂肪肝が生じることも知られています。静脈栄養では脂肪乳剤に唯一含まれています。日本の食事摂取基準では摂取量などは定められていませんが、静脈栄養の長期管理時でも欠乏の懸念される栄養素です。

おわりに

医薬品の経腸栄養剤は処方せんで投与可能であり、特に在宅で使用する場合は患者さんへの経済的負担を軽減させるために汎用されるかと思います。以前開発されたエンシュア・リキッドやラコールには微量栄養素が配合されておらず、長期使用時に問題になっていました。
イノラスやエネーボといった新規の栄養剤が発売されたことは、組成面のメリットが大きいと思います。加えてイノラスはアルミパウチ包装になっています。在宅医療が進むなか、運びやすさの面でもメリットのある製剤だと思います。

イノラス、エネーボのいずれも、今までの医薬品の栄養剤に比べて濃度が高く、少ない量で多くのエネルギー投与が可能である分、チューブだと逆流が問題になる方や、食事のみでは不足する栄養量を補いたい時に使いやすい面があります。
しかし、その一方で濃度が高いため水分不足を生じやすいといった注意点もあります。私も以前、エンシュア・Hで脱水症にさせてしまった苦い経験があります。
あと湯、先湯などで必ず追加の水分投与が必要です。栄養剤の組成をよく知って、患者ごとに応じた栄養管理を施すことが何よりも重要なことだと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2020年8月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング