“その人らしさ”を支える特養でのケア
第31回
食欲低下にはやっぱり好物が効く!? ご利用者の好みを活かした食支援

認知症のなかでも一番多いとされているのが、アルツハイマー型認知症です。認知機能障害やBPSDなどの症状が徐々に出始め、ゆっくりと進行していきます。アルツハイマー型認知症のBさんも、徐々に症状が現れ、食事摂取が困難になってしまいました。

徐々に認知症が進行し食べる行為が困難に

Bさんはアルツハイマー型認知症、糖尿病をもつご利用者です。入居当時、身体機能はある程度、保たれていましたが、自身の居室やトイレの場所がわからないなど、新しい環境に慣れるのが難しい様子でした。食事はセッティングすれば問題なく食べることができ、ミールラウンドでお邪魔するたびに「今日のおかずはおいしいね」と誉めてくださるのでした。
元気な頃から甘い物が大好きだった、とご家族からの情報どおり、おやつレクリエーションなどには積極的に調理に参加され、出来上がったおやつをおいしそうに召し上がっていました。
当施設のご利用者のなかでもコミュニケーションがとりやすく、元来の朗らかな性格もあり、Bさんは職員からも人気者でした。

入居後から穏やかに生活されていたBさんですが、徐々に認知症が進行し、排泄の失敗が目立つようになってきました。
食事は自力で摂取できていましたが、箸やスプーンの使い方がわからなくなったり、食べ始めても回りをきょろきょろと見回したりと、今の状況を確認しているように見えました。そんな時も、私たちは食事の時間であることや献立の内容を伝え、食具も手に持たせたり1度使って見せたりしました。そうすると記憶が刺激されるのか、食べ始めることができました。

その後、発熱が続いたり意欲低下から臥床時間が長くなったりしたことで、ADLが急激に低下してしまいました。また、食欲の低下から体重減少、結果として義歯の不適合が起こり、さらに食事摂取が困難になるという悪循環に陥ってしまいました。
義歯の不適合に対して義歯用の安定剤の使用を試みましたが、何度もご本人が外してしまい、義歯の使用を強く拒否します。食形態を変更したり、食事介助を行ってみたりと、できることをいろいろ試してみましたが効果はなく、ほとんど食べられない日々が続きました。

食べてもらうため好物を活用した策をとる

多職種とのアセスメントで「認知症の進行で食べる行為を忘れてしまったのではないか」「食べ物がわからなくなっているのではないか」と仮定しました。好きな食べ物なら記憶として残っているかもしれないと考え、担当の介護職員に「好きそうな食べ物ある?」と聞くと「おやつはいつもどおり食べる。時々出るアンパンもうれしそうにしている」と返事があったのです。甘い物ばかり、というわけにはいきませんが、ちょうどハーフ食に補助食を追加していたこともあり、3食のうち1回、補助食の代わりに気に入っているお菓子を提供してみることを思いつきました。

その頃、Bさんはいつも不機嫌そうな様子で夜間も不眠、周囲との挨拶程度のかかわりにも拒否的な反応を示すようになりました。かかわり方の工夫だけでは堪えきれなくなったため、主治医に状況を説明し、投薬も含めた検討がなされました。食事についても報告し、Bさんが食べられる物を提供したいと上申しました。主治医より了承を得ることができたので、食事の時間に菓子類も提供し始めました。

お菓子を出し始めた日、Bさんの食事の様子を確認すると、お菓子を食べたあと少量の食事を食べることができました。お菓子が食事への意欲を引き出すきっかけになったようでした。また、好きだった菓子パンなどを提供すると喜び、食事摂取量の改善につながりました。
しかし、この後HbA1cが上昇したため、単純にエネルギーだけを満たしていただけだったと猛反省。今後の課題が1つ増えました。
奮闘の結果、この後Bさんの食欲は改善し、血糖コントロールに対しては投薬が再開され、落ち着きました。

無理のない個別対応でBさんが望む食支援を実施

順調に見えたBさんですが、その後に同様の経過で再度、食事がとれなくなりました。
前回の反省を活かして……といきたいところでしたが、Bさんが口にしてくれるのは甘い物だけ。再度、主治医と相談し血糖値は投薬で、食事は食べられる物で、と方針が決まりました。そこで主食を米飯からパンに変更、副食は一切手をつけないため思いきって中止し、補助食の追加で栄養素の補充を行いました。1週間ごとのモニタリングを実施し、食行動に変化があれば、それに合わせるよう食事変更を行いました。

ある日、介護職員から「食パンは飽きたみたい」との情報があり、補助食をアレンジしたフレンチトーストを提供すると、瞳をキラキラさせて完食しました。そこで、対応可能な範囲での個別対応をめざし、給食で対応できない部分はご家族にも協力いただくようにしました。ご家族から差し入れられたおはぎをモリモリ食べた、たくあんに喜んでいた、などさまざまなエピソードが聞こえてくるようになった頃、個別対応も軌道に乗ってきました。
目先が変わると少し摂取量が増えるようになり、徐々に献立どおりの提供に変更していきました。現在は主食のパンや補助食の提供を行いつつ、副食の摂取量も徐々に回復してきています。

アルツハイマー型認知症は「食べ方がわからなくなる」のだと考えていましたが、Bさんは食事の食べ方を忘れた期間も自分から食べようとしており、食事介助を受け入れることはありませんでした。単純に「食べ方を忘れた」というわけではなかったのかもしれません。

現在もBさんは提供された食事のなかから、ご自身で食べたい物を選択して食べていらっしゃいます。選択することも自立の1つと考えると、自立支援につながったケアだったと思います。そして、今も必要栄養量には足りないBさんの食事摂取量ですが、Bさんが穏やかに過ごされ、軽作業などにも取り組んでいる姿を拝見して「ちょっと栄養が足りないけど、元気そうだからいいか」と主治医も含め、かかわるすべての職員が感じていることこそが「その人らしい」栄養ケアの裏付けになっていると感じるのです。

次回は3人目、Cさんの事例を紹介します。

横山奈津代(特別養護老人ホーム ブナの里)
よこやま・なつよ●1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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