「ご飯が足りない」という訴えには主食量を増やせばうまくいく?
認知症の方の栄養管理について学び始めましたが、教科書どおりにいかないのが臨床の悩ましいところ……いや、醍醐味です。先月号の冒頭で登場いただいた3名のご利用者のエピソードを順にご紹介したいと思います。今号はAさんのお話です。
食べることが大好きで食事もあっという間
「ちょっと~」と常に職員を呼び続けるAさん。
Aさんは脳血管疾患後遺症と慢性呼吸不全、心不全、解離性大動脈瘤のご利用者です。目立った麻痺はありませんが、呼吸不全による息切れがひどく、労作軽減を目的に車いすで生活しています。認知症の進行があり、ご自宅での生活が困難になったのをきっかけに当施設に入居されました。既往から脳血管性認知症かと予測していますが、認知症の原因疾患については診断されていません。
入居の日、入院中からの食形態である軟菜一口大食と、主食にご飯を準備し食事を届けがてらうかがうと「まぁ、いつの間にご飯つくったの? たいしたもんだ」と感激してくださいました。長年主婦として過ごされたAさんは、その後も食事づくりを話題にされます。ご自身も食べることがお好きであることを会話の端々から感じ取ることができました。
Aさんの食事風景は一見問題がないように思えました。食べることがうれしい様子で姿勢もよく、食事への集中も十分、あっという間に食べ終わってしまいました。しかし咀嚼が十分でないことが気になり、食後Aさんに「ゆっくり食べる」ことを説明し、担当の介護職員にも食事の様子を申し送り、食事中の見守りと必要時はゆっくり食べるよう促すことを依頼しました。
その一方、入居後から認知症の周辺症状(BPSD)の悪化と思われる状態が現れました。何度もカンファレンスを重ね職員の対応の仕方を変更するなどし経過を見ましたが、症状は強くなるばかり。不眠が続き頻回に大声で叫んだり、暴言・暴力などが見られたりするようになりました。主治医と相談し内服薬を調整していたところ、原疾患の悪化があり長期入院となりました。
誤嚥性肺炎後食事量は順調に回復
入院長期化の原因の1つは誤嚥性肺炎を繰り返したことにありました。退院後は半分量にした嚥下調整食に経口補助食品を追加して提供しました。退院前の情報では、嚥下調整食の内容とともに、食事摂取できているが摂取量は5割程度であること、誤嚥の可能性はあるが少しずつゆっくり食べることが入院先から指示されていたためです。
退院直後の食事を介助したとき「事前情報から予測していたより機能が保たれている」と感じました。また、提供量の半分食べればいいかな、と思っていたのですが、実際は8割ほど摂取でき、食事時間が少し長くても疲れた様子は見られませんでした。主治医から「誤嚥の原因は安定剤の副作用によって嚥下機能が一時的に低下したためだろう」とのことで、内服薬を最低限にして経過を見ることになりました。
最初は食事介助を行い一口量が多くならないように、食事のスピードをゆっくり目に調整していましたが、「Aさんが自分で食べようとするようになった」との情報から一部介助に変更、Aさんができるところまで自力摂取を開始しました。そして自分で全部を食べきれるようになった頃、Aさんが「もうちょっと食べたい」と訴えてこられたのです。食事の量を戻して経過を見ながら食上げし、食事については落ち着きました。
「ご飯が足りない」という強い訴え
しばらくして「Aさんが1日中『ご飯ちょうだい』って言うんです」と介護職員から相談がありました。「説明してもダメだし、気を紛らわしてもダメだし、仕方ないから予備のお粥を出したらどんどん食べちゃって1食で400gも食べた。でもまだ『ちょうだい」って言う」とのこと。Aさんに会いに行くと「ここの人たちはご飯もくれない。おなか空いているのに。バカにしているのか!」と怒っています。
その日の食事風景を観察しに行くと食事開始直後から「ねぇ、ご飯もう少しちょうだいよ」と職員に訴えており、食べたことを忘れているわけではない様子です。Aさんに、「炊いた分は終ってしまった」と説明すると「パンを買ってきて」と悲しい顔。その後何度も説明するとやっと理解してくれ、その場は収まりました。
主治医と相談して主食量を増やしてみましたが訴えは止まりません。主治医に経過を報告すると「増やしてもだめなら、その方法は効果がないってことじゃない? 落ち着いているけど心不全もあるし効果がないのに食事を増やすのはなぁ。ほかの方法を試してみてよ」と言われました。その後、主食は普通量(当施設は粥220gが普通量です)に戻し、半量ずつ小さなお茶碗に盛り付け、おかわりができるようにしました。それでも訴えはしばらく続きましたが、「つくった分は終わった」と丁寧に説明すると徐々におかわりの訴えがなくなり、普通量を一度に提供しても問題がなくなりました。
Aさんは「ご飯が足りない」という訴えを定期的に繰り返しています。粥を多めに食べていた期間でも体重は減少してしまい、主治医と再度検討の結果「粥は普通盛りと予備の110g」とし、訴えがあったら予備分を提供する、という方法で落ち着きました。「ずっとおかわりを言い続けたらどうしよう」という私の心配をよそにおかわりの訴えは2~3日で終わる、というパターンが続いています。
振り返ると、Aさんの事例では当初「誤嚥性肺炎の予防」であったニーズが「食事の満足度を上げる」ことに重点が切り替わったように感じます。また、「効果がないプラン」を切り替えることなく漫然と続けていたことを反省しました。長期に変化がないご利用者もいれば、日々変化するご利用者もいる。それぞれに合わせたアセスメントやモニタリング期間の設定も意識しなければならないなぁと感じた事例でした。
さて先日、Aさんのお部屋から呼ぶ声がしてうかがうと「あんた、魚屋さんでしょ!?」とお魚の注文を受けました。魚の種類の指定や下処理のこと、「お弁当のおかずのお薦め」を聞かれ、私も魚屋になりきって話しました。こんなやり取りは認知症の方とのふれあいの楽しいところです。
次号はBさんの事例を紹介します。(ヘルスケア・レストラン 2020年6月号)
よこやま・なつよ●1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る