栄養士が知っておくべき薬の知識
第146回
減塩指導時に念頭に置くべき
塩分を再吸収するアルドステロンについて

減塩指導の際、アドヒアランスが良好であるにもかかわらず、なかなか血圧が下がらない……。そんなケースに直面することはないでしょうか?今回は思うように血圧が下がらない原因の1つと考えられる原発性アルドステロン症を紹介します。

原発性アルドステロン症の原因と高血圧症

高血圧は、遺伝性や生活習慣病など、原因のはっきりしない本態性高血圧症とそれ以外の二次性高血圧症に分けられます。
二次性高血圧症は、何らかの原因があって高血圧症を発症します。原因さえ取り除くことができれば、改善が期待できる高血圧症です。
二次性高血圧症は薬によって起こる場合もありますが、腎血管障害などに伴う場合や睡眠時無呼吸症候群、ホルモン分泌が関係する高血圧としては、エピネフリンなどの昇圧ホルモン分泌が過剰になる褐色細胞腫、副腎皮質ホルモンの過剰分泌が生じるクッシング病(症候群)などがあります。このうちの1つが今回紹介する原発性アルドステロン症です。

原発性アルドステロン症は、副腎からアルドステロンというホルモンが過剰に分泌されてしまうため、血圧が上昇する病気です。高血圧症の約1割は、原発性アルドステロン症が原因と言われています。
アルドステロンには塩分と水分を身体に再吸収する働きがあります。ナトリウム(塩分)は血圧を維持するうえで大切な電解質です。したがって、アルドステロンは動物にとって非常に重要なホルモンです。塩分過多の食事が多い現代人には理解しにくいことかもしれませんが、本来人間も動物です。
草原にいる動物は、塩分摂取が困難です。摂取したわずかな塩分を逃さないために分泌されるのがアルドステロンです。人類の歴史と塩は深い関係があり、たとえばドイツのザルツブルクは「塩の城」という意味であり、塩の取引で発展した町です。サラリーマンのサラリーもザルツ(塩)が語源と言われます。塩は昔、お金と同等に扱われていたのです。

原発性アルドステロン症には、大きく2つの原因があります。1つ目は副腎に腫瘍ができてアルドステロンの分泌が過剰となってしまう場合です。2つ目は、副腎が遺伝子異常などを要因として過形成されてアルドステロンの分泌が亢進する場合です。副腎に腫瘍ができてしまった場合はそれを取り除く必要があります。後者は後述するミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)と呼ばれる降圧薬などで治療します。いずれの原因においても無治療またはアルドステロンを抑えるといった治療を行わない場合、アルドステロン自体に血管障害性があるため、脳卒中や心筋梗塞のリスクが高くなると言われています。

原発性アルドステロン症が疑われるケース

原発性アルドステロン症で高血圧となっても、ほかの高血圧症同様の症状はありません。しかし、アルドステロンはカリウムを排泄する作用があるため、高血圧で低カリウム血症が認められた場合は原発性アルドステロン症が疑われます。カリウムは筋肉収縮を担う電解質なので、脱力感、疲労感、筋力低下などの症状が認められる場合は、低カリウム血症を呈している可能性があり、原発性アルドステロン症が原因になっているかもしれません。

一方、原発性アルドステロン症で低カリウム血症を起こす割合は20%程度とされるため、これだけで原発性アルドステロン症と診断がつくわけではありません。原発性アルドステロン症と診断するためには、まずは血液中にアルドステロンが増えているかどうかを検査し、同時にレニンという昇圧効果のある物質が低値かどうかも検査します。アルドステロンもレニンも健常者では血圧が下がらないように働く物質なので、両者は同時に基準値を示しているはずです。しかし、原発性アルドステロン症の方はアルドステロンだけが異常に高くレニンは低くなっていることから診断の手がかりとします。
アルドステロンもレニンも検査の状況や服用中の降圧薬の影響を受けるため、これだけでは確定診断に至りません。確定診断にはいくつかの方法がありますが、カプトプリルという降圧薬を服用してもらい、レニン分泌の亢進の有無による評価法が一般的です。レニン分泌が亢進していなければ原発性アルドステロン症であると診断できます。

原発性アルドステロン症自体は、若年者から高齢者まで幅広く見られます。このため高血圧と診断された方のうち、塩分制限を一生懸命行っても血圧が下がらない、ほかの人と同じような食生活を送り薬物治療を行っているのに血圧の下がりが悪い、またそのために薬がいくつも処方されているなどといった場合は、原発性アルドステロン症が疑われます。

原発性アルドステロン症の薬物治療

副腎の過形成によって原発性アルドステロン症を起こしている場合は、特定の降圧薬が使われます。原発性アルドステロン症に用いられる降圧薬は、抗アルドステロン作用のあるスピロノラクトン(アルダクトン®)が用いられます。肝硬変で腹水のある方や心不全の浮腫といった場合にも汎用されている薬です。以前はカリウム保持性利尿薬と呼ばれていました。ただし、この薬は性ホルモンのうち、男性ホルモンのアンドロゲンや女性ホルモンのプロゲステロンにも作用してしまうため、男性では女性化乳房、女性は月経不順や多毛などの副作用を起こすことがあります。男性の場合、衣服の着用時に乳房が当たって痛いなどと訴える場合もあります。

スピロノラクトンよりも性ホルモンの作用を抑えたのがエブレレノン(セララ®)です。ただし、これも完全に性ホルモンを抑えているわけではありませんでした。最近ようやくその心配がない薬としてエサキセレノン(ミネブロ®)、降圧薬の適応はありませんがフィネレノン(ケレンディア®)といった薬が発売されました。フィネレノンは糖尿病性腎症の進展抑制も期待される薬です。

薬剤が原因の高血圧

薬によって高血圧を起こす場合もあります。なかでも注意したいのが、解熱鎮痛薬のNSAIDsです。ナトリウムを再吸収する働きがあり、連用していると高血圧を起こす可能性があります。また甘草を含む漢方薬はアルドステロン症に似たメカニズムによって高血圧を起こします。偽性アルドステロン症と言われ、高血圧や低力リウム血症など原発性アルドステロン症と似た臨床所見があるものの、アルドステロンが高値を示さない病態です。甘草に含まれるグリチルリチン酸によって副腎皮質ホルモンであるコルチゾールが過剰となって高血圧を生じます。甘草を含む漢方薬は、芍薬甘草湯や六君子湯、麦門冬湯など多くの漢方薬に含まれていて、一日量で2.5gを超えると偽性アルドステロン症の発症リスクが高まるとされます。何種類も漢方を服用しているといった方では特に注意が必要です。
NSAIDsや漢方薬は一般の薬局でも販売されていて容易に手に入りますが、それが高血圧の原因になるリスクに要注意です。

今回は減塩などを行っても効果の少ない高血圧症として原発性アルドステロン症をご紹介しました。減塩の食事指導を行って、患者さんもきちんとそれを守っているのになかなか血圧が下がらないといった場合は、こういった疾患があることを頭に置いて専門の医療機関への受診を促すことが大切となります。(『ヘルスケア・レストラン』2023年10月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

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