栄養士が知っておくべき薬の知識
第145回
消費エネルギーが亢進する咳症状
鎮咳・去痰剤も栄養管理に必要な知識です

今回は鎮咳・去痰剤について述べます。「咳」を吐き出すためにはエネルギーが消費されます。したがって咳が続いている患者さんは必要栄養量が増していると考えられます。 経腸栄養管理下の患者さんは、痰が出て困るとか、痰が固まって苦しいということが少なくありません。 そういった場合に使われるのが鎮咳・去痰剤です。

咳嗽

咳嗽とは咳のことです。気道に炎症が生じた時や痰を吐き出すために咳が出ます。咳嗽や痰が出るという症状を訴える方はとても多く、医療機関への受診理由では「腰痛」「肩こり」に次ぐと言われています。
また慢性の喀痰症状は、呼吸器疾患の活動性や重症度を反映しているとされ、気管支喘息や栄養管理上重要な慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんで見られます。

咳1回のエネルギー消費量は約2㎉と言われますので、1日に何回も咳が出る方は、それだけで必要エネルギーが増しています。咳嗽は、気道の分泌物や異物を排除するための生体防御反応です。
たとえば、胃食道逆流が起これば、咳受容体がこれを感知して咳反射が起こります。また気管支喘息や咳喘息といった疾患では、気道の収縮によっても咳が生じます。

咳は、3週以内であれば急性咳嗽、8週以上も続いて咳があれば慢性咳嗽と分類されます。急性咳嗽は風邪やインフルエンザといったウイルス性疾患、気管支炎、心不全などで生じ、慢性咳嗽は気管支喘息や肺がんなども考えなくてはいけない場合もあります。
また咳に痰が混じるかどうかや、コホコホとした「乾性」咳嗽か、ゴホゴホといった痰を伴う「湿性」咳嗽を起こしているか、などによっても分類されます。
乾性咳嗽は、咳喘息、胃食道逆流や降圧薬のACE阻害薬などの原因を、湿性咳嗽であれば、副鼻腔炎などの鼻の病気や間質性肺炎、気管支拡張症などさまざまな疾患の可能性を考えます。

鎮咳薬

このような咳嗽に対して用いられるのが鎮咳薬と言われる「咳止め」です。

鎮咳薬の基本的な考え方は、咳が止まらずに困った状態にあるかどうかを判断して、使わなくて済むのなら使わないほうがいいと思います。

咳は本来、気道の異物を排除する生体防御反応です。これを強制的に薬で止めるのは、異物を除去できず異物によってより重症化する可能性があり、また咳が止まったことで重要疾患を見落としてしまうといったことにつながるためです。
特にゴホゴホした咳は、感染症などが原因で生じる可能性があり、原因を突き止める対応が優先です。それでもいつまでも続く咳が気になるといった場合に鎮咳薬が使われます。

鎮咳薬には中枢性と末梢性があります。

中枢性は、麻薬性と非麻薬性に分けられます。
麻薬性鎮咳薬には、作用が強力なコデインやジヒドロコデインがあります。コホコホした乾性咳嗽に用います。特にコデインは肝臓の代謝酵素で鎮痛剤として有名な「モルヒネ」に代謝されます。
したがってモルヒネも咳嗽発作に用います。ただしコデインが咳止めとして用いられる量は、痛み止めとして用いられる量よりも少量ですので通常「咳止め」として用いられています。
しかし、便秘や排尿障害、眠気や吐き気などの副作用もあり安易な長期使用は禁物です。

これに対して非麻薬性と言われる鎮咳薬には、メジコン®(デキストロメトルファン)、アスベリン®(チペピジン)、アストミン®(ジメモルファン)、レスプレン(エプラジノン)などがあり、延髄の咳中枢に働いて咳を鎮めます。咳嗽反射がP2X3受容体というところに結合して咳嗽反射が起こることから、この経路を断つゲーファピキサント(リフヌア®)という薬が最近発売されました。
ほかの治療薬が有効でない場合に使用が検討されますが、この薬は味覚障害を発生する割合が高く、腎機能障害患者には使いづらい面があるため注意が必要です。

このほかにも鎮咳作用とともに去痰作用を併せもつ、あるいは両方の薬が配合されたセキコデ®やフスコデ®といった薬が使われています。

市販品にも多くの鎮咳剤が販売されていますが、長期にわたって鎮咳薬を使っている、あるいは使わなければならない、といった場合は医療機関を受診し、咳の原因を調べてもらうことが望ましいと思います。

一方、末梢性鎮咳薬は、原因疾患に応じて使われます。去痰剤や気管支拡張薬、含嗽薬などを言います。
咳喘息に対するステロイド吸入や気管支拡張薬、アトピー咳嗽では抗ヒスタミン薬、副鼻腔気管支症候群では、エリスロマイシンなどのマクロライド系の抗菌薬などを言います。

去痰剤

気道分泌物は通常でも100㎖ほど産生されていて、声門には10㎖ほどが達するとされますが、ほとんどは無意識に嚥下して痰は生じません。
しかし、何らかの原因によって気道の分泌物が増えて痰が増えれば咳によって吐き出されます。

喘息やCOPDの患者さんでは、気道分泌物を産生する胚細胞が増えていたり肥大化したりしていることから、痰自体の生成量が増えています。

痰はほとんどが水分からできており、痰のねばねばしたものはムチンと言います。気道が炎症を起こすとムチンが増えて粘り気が増します。粘り気が増すと痰の排出が難しくなります。
気道に痰がたまることで呼吸困難が生じるだけでなく、痰を長期間貯留してしまうと感染症のリスクや炎症の温床にもなります。そこで使われるのが去痰剤です。ムコダイン®、ムコソルバンⓇ、ビソルボン®といった商品名で使われています。
風邪をひいた時には一度は処方されたことがあるかもしれません。

ムコダイン®は気道粘液修復剤とも呼ばれます。気道における痰の異常な分泌を改善してムチンの増加を抑え粘液の比率を正常化させることで痰を出しやすい状態にします。
同じ働きをもち即効性が期待されるムコフィリン®は吸入して用いられ、ムコダイン®に類似した構造をもつクリアナール®も似た作用をもちます。
ビソルボン®とムコソルバン®は、ビソルボン®の代謝物がムコソルバン®で当然作用も類似します。

両者を気道分泌促進剤と呼びますが、これは気道の分泌液の生成を促し、痰を薄めることで粘着作用も弱くするといった作用のためです。
つまりベトベトとした痰が喉に絡む、胸に詰まるような感じがして困っているという方に用います。

去痰剤には大きな副作用もなく、比較的安易に使われているかもしれません。しかしなかには去痰剤によって粘稠性が減って分泌物が増えてしまうため筋力が低下し、喀痰自体が困難な方では症状を悪化させてしまう可能性もあります。
一方で、痰に粘着性があってカテーテルで吸引するのが困難といった方には使用を考えていいかもしれません。

おわりに

今回は鎮咳薬と去痰剤について述べました。
痰はその色調や粘性、量などで感染症であるかどうか、抗菌薬を使うべきかどうかの判断材料になります。咳も痰も気道の異常を知らせるシグナルで、疾病の重要な手がかりに用いられます。

栄養管理面では、必要栄養量が増加するとしましたが、それだけではなく咳や痰が出てしまう原因にも目を向けてもらえたらと思います。
(『ヘルスケア・レストラン』2023年9月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

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