栄養士が知っておくべき薬の知識
第107回
性差のある疾患や薬物治療について
性別によってかかりやすい疾患や薬の効き目、副作用の出やすさが異なる場合があるのをご存じでしょうか。今回は性差(男女差)のある薬について述べます。
女性の寿命のほうが長い
薬は肝臓や腎臓の機能によって効き目に差が生じることがあります。また飲酒やタバコ、肥満などによっても薬用量を変えなければならない場合もあります。このような原因の1つに性差があります。
日本は世界一の長寿国と言われます。本邦の女性の平均寿命は87・1歳で、男性は81・2歳と報告されています*。世界的にみても女性のほうが長寿とされます。その要因には女性ホルモンであるエストロゲンによってコレステロールが下がり、心疾患が少ないことなどが挙げられます。
このほかにも、基礎代謝量が少ない女性のほうが病院の受診率が高い、などといった要因も考えられています。栄養量の計算に用いられるハリス・ベネディクト式を見ても、確かに女性と比べて男性のほうが基礎代謝は高く計算されることがわかります。
*WHO(世界保健機関)2018年版世界平均寿命ランキング
性差のある疾患
女性のほうが長寿と書きましたが、疾患によっては女性が罹りやすい疾患もあります。たとえば骨粗しょう症や関節リウマチは女性に多く、このほかにも自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス、多発性硬化症、また甲状腺疾患である橋本病やバセドウ病などは圧倒的に女性に多い疾患です。
一方、男性に多いことが明らかとなっている疾患には痛風やアルコール性肝炎、膀胱がん、心筋梗塞、肝臓がん、尿路結石、慢性閉塞性肺疾患、胃がん、呼吸器がんなどがあります。生活習慣病で問題になる心疾患や脳血管障害では、世界的にみると若いうちは男性に多く、問題視されています。
しかし閉経後は女性も増えるため、高齢になるとその数は男女とも変わらないとされます。もっとも、日本の研究では年齢を重ねても心疾患や脳血管障害はやはり男性が多いとされ、世界とは相違がみられるようです。
心血管疾患で問題となる生活習慣病では、脂質異常症は女性では善玉コレステロールとされるHDLコレステロール低値や高トリグリセライド血症による心血管疾患が多く、男性では高LDLコレステロール血症が問題になるなどの違いがあります。高血圧は男性では若い頃から問題になりますが、女性は50代以降に急速に増加し、70代になると男女比に差がなくなるとされます。
糖尿病については、糖尿病の女性は男性よりも狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患になりやすいとされます。生活習慣病については、おおむね女性のほうが罹りにくいものの、罹った場合の影響が大きいことには、注意が必要かと思います。
また、栄養管理で問題になることの多い誤嚥性肺炎は、男性であることがリスク因子として挙げられるなど、男性に多いことが明らかになっています。ACE阻害剤という降圧剤は、咳を誘発するブラジキニンという物質を分解抑制することで空咳の副作用が生じます。そのため誤嚥性肺炎を予防することも期待される薬ですが、この副作用も女性に多いとされます。
性差の認められる薬について
薬は、体内に吸収されて、その後肝臓などで代謝を受けて腎臓から排泄されるのが一般的です。たとえば、グレープフルーツジュースとカルシウム拮抗剤(CCB)を服用してはいけない理由は、グレープフルーツジュースの飲用によってCCBの吸収が著しく良くなってしまうため、血圧降下作用が強く現れるからです。
薬の吸収力は一般的に女性のほうが高いとされます。このためか、CCBの副作用である顔のほてりや顔面紅潮、頭痛、頭重感といった症状は女性に多いことが報告されています。
一般的に、薬の副作用発現率は女性のほうが高いとされます。糖尿病薬であるピオグリタゾンは、インスリン抵抗性を軽減し糖利用を高める作用があり、肥満の糖尿病に使われる薬です。
ピオグリタゾンは添付文書においても、明らかに性差があることが明記されています。女性はこの薬の感受性が高いため、男性の半分の投与量から始めることとされ、ピオグリタゾンの副作用である浮腫は女性により多く発現するため、より注意して使うように求められています。
このメカニズムには女性ホルモンの影響や皮下脂肪量の影響などが考えられていますが、十分に明らかになっていません。
添付文書上の記載はありませんが、β遮断薬であるプロプラノロールは女性のほうが効きやすいとされます。血液中濃度が男性よりも高いためです。不整脈の薬の重篤な副作用に、心室性頻拍という不整脈薬によって生じる不整脈(Torsade de Pointes)があります。この発生件数も男性に比べ女性のほうが多いことが明らかになっています。これも女性ホルモンの関与が考えられています。
このほか、ペンタゾシンという鎮痛薬や抗うつ薬のSSRIは、いずれも女性で効きやすいといった報告がみられます。
この要因を栄養管理の面から考えると、男性の肥満割合が約3割で、反対に 20~30代の女性における痩せ割合が2割程度見られます。すると、一定の薬用量を投与した場合、男性の約3割は不足、女性では約2割が過量になっていることになり、薬が効きやすい、あるいは副作用が出現しやすい要因になっていると考えられます
。
最近発売される薬の添付文書では、体重50㎏を境に薬用量を見直すことが明示されている場合もあります。特に高齢で痩せの患者さんでは、通常成人と同じ薬用量を用いる場合は、副作用発現に注意する必要があると考えられます。
栄養管理面の性差
基礎代謝量に性差があることは前述しました。そのほかの栄養素については「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、性差が認められるものは基礎代謝栄養量の相違に伴い、三大栄養素やビタミン、微量元素必要量に多少の相違があるものの、特異的に性差によって摂取するべきものに大きな違いは認められないようです。
ただ、妊娠または授乳中の女性の栄養量については詳細に付加すべき食事摂取基準が設けられています。
世界的にはn‐3系脂肪酸の摂取は男性においてHDLコレステロールと正の相関が認められ、頸動脈血管の肥厚を負に傾けることが報告されています。一方、女性のEPA血中濃度が高いほど心筋梗塞のリスクが低下するとされます。
この結果をみると、魚油などの摂取は、男性では頸動脈肥厚は少なくなるものの、結果としては女性に明らかな有効性が認められるものと考えられます。また、女性ではマーガリンやショートニング、トランス脂肪酸といった菓子類に多く含まれる脂肪酸摂取が男性の2倍とされ、注意が必要とされます。
おわりに
今回は性差のある疾患や薬物治療について述べました。
今、新型コロナウイルスによる肺炎がとても問題になっています。新型コロナウイルス感染症の死亡率は男性に高いとされます。これは喫煙や飲酒などのほか、適切な手洗いにも問題があるのではないかと考えられています。
性差特異的医療と言われる性差で治療を分けて考えるべきという比較的新しい概念がありますが、今後も病態や適切な治療が異なる可能性に注意するべきだと思います。
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授