お世話するココロ
第180回
「お見舞いに食べ物」は慎重に
入院中の患者さんへのお見舞い。食べ物が絡むと、思いがけないトラブルになることがあります。皆さんのお勤め先では、対策はとられていますか?
突然届いたお菓子
私が勤務する病棟は、長期入院の患者さんが多い病棟。時代が遡るほど精神疾患への偏見は強く、家族とのかかわりが希薄で孤立してしまった人が少なくありません。
そのため、患者さん宛の郵便物は、公的機関からの通知や書類ばかり。お友だちや親族など、私的な郵便や荷物を取り次ぐ機会は、めったにありません。
ある日、ノグチさん(仮名)という女性患者さん宛に、お菓子の詰め合わせが届きました。ノグチさんはうつ状態がひどく、ベッドから起きられない日が続いています。
私はベッドサイドに行き、お菓子について以下のようなやり取りを行いました。
「ノグチさん、ノグチさん。お荷物が病院に届いたのでお持ちしました。差出人は××さんです。ノグチさんへのお荷物で間違いありませんか?伝票には『お菓子の詰め合わせ』と書いてあります」
「××さん……。はい。間違いありません。そこに置いておいてください」
「ごめんなさい、この病棟では念のため、危険物が入っていないか中を確認してからお渡しすることになっています。申し訳ないのですが、包装を解いて中身を見てもよろしいでしょうか」
「いいですよ。お願いします」
許可を得て、私はノグチさんのベッドサイドで包み紙を開け、中身を一緒に確認しました。
お菓子の箱には、「お見舞い」と立派なのし紙が。私がこの病棟に来て3年半、こんな立派な贈り物を扱ったのは初めてです。
中には個別包装の焼き菓子が20個。賞味期限はだいたい2週間ほどでした。食事がとれず点滴をしているノグチさんが、これを自分で食べるとは思えません。
もともとノグチさんは、使っている薬の特徴から、水分を多めにとる必要がありました。そのため、食事量が落ちてからは飲み物を看護師が管理し、10時と15時に提供していたのです。
「ノグチさん、お菓子の数はけっこうあるし、賞味期限を考えると1日2個くらいは食べたほうがいいようです。よろしければ、ナースステーションで預かって、飲み物をお持ちする時に一緒にお持ちしますよ」
私の提案にノグチさんはうなずき、お菓子は看護師が管理することになりました。
お菓子を厳重に管理するわけ
ノグチさんの件、たかだかお菓子の詰め合わせをそこまでして管理しなければならないのか、疑問に思った方もいるかもしれません。
ただでさえ精神科病院は、社会から「患者さんに対して管理的すぎる」と批判されている立場。こちらも、無駄な規制をしたくないのは山々なんですよね。
それでもこのようにしなければならないのには、わけがあります。食べきれないお菓子が他の患者さんに回ってしまった場合、思いがけない病状の悪化につながりかねないからです。
実際、50代の患者さんが隣のベッドの患者さんが買ってきたパンを盗み、食べて窒息する――。そんな悲劇も起きてしまいました。
盗んだ患者さんは知的障害のある50代の男性。20代以降は統合失調症も発症して、自宅での生活ができなくなっています。
その人の楽しみはと言えば、売店での買い物。看護師が同伴し、菓子パンを買うのを心待ちにしていました。
ところが、半年前から急激に悪下機能が低下。パンで窒息しそうになったのです。
これを境に菓子パンは禁止。以後、彼は菓子パンを求めてかんしゃくを起こし続けました。
あまりの精神状態の悪化に、看護師が付き添ってパンを食べてもらった日もありました。
ところが、もともと落ち着いて食べられない彼は、飲み込む前からどんどんパンを詰め込みます。
「それなら」と看護師が介助して少しずつ口に入れたパンもむせるに至り、パンを食べるのはやめたほうがいいと判断せざるを得なかったのです。
その後もしばらくパンを求めて荒れた日もありましたが、やがて、落ち着いてきました。
これで諦めてくれたのか。そう思った矢先に、窒息の悲劇が起きたのです。
いったんは蘇生したものの、意識は戻らないまま。数週間後、彼は亡くなってしまいました。
この時は盗まれたお菓子でしたが、別の例では、患者さんがもらったお菓子で窒息ということも。残念なことに、こうした事態は“忘れた頃”に起きるのです。
ノグチさんにお菓子が届いた時期にも、菓子パンを禁止され、他の患者さんからもらおうとする人がいました。
ノグチさんが食べきれないお菓子を、その人にあげてしまったら……。そんな懸念が頭をよぎり、厳重に管理せざるを得なかったのでした。
負担にならないお見舞いを
こうしたリスクは、精神科病院に限ったことではありません。私が知るいくつかの身体科急性期の病院でも、もらったお菓子による窒息は起きていました。
ある病院では、整形外科の病棟で、お見舞いに来た患者さんの親族が手土産の餅菓子を同室者に提供。それを食べた高齢の患者さんが喉に詰まらせ亡くなっています。
この事件では病院の監督責任も問われ、亡くなった患者さんの遺族に賠償金を支払いました。以後、この病院では、お見舞いに際しての食べ物の持ち込みを全面的に禁止。至るところにそれを知らせる貼り紙が貼られています。
では、今回私が経験したように食べ物が外から届いたらどうするのでしょう。まず考えられるのは、手をつけないままの持ち帰り。急性期病院の場合は入院期間が短いので、これでけっこうしのげるかもしれません。
結局のところ、入院中の患者さんへのお見舞いとして食べ物は適さず、むしろ、迷惑になりかねません。ノグチさんの場合、もともと糖尿病があり、本来お菓子の間食は御法度でした。お菓子が届いた時は、うつ状態でたまたま食が細く、食事制限が緩かった。だから、問題にならなかったのです。
もし、元気な時期にお菓子が届いたら「食べてもよい」とはなかなか言えません。一方で、他の人へのおすそ分けも困る。さぞかし悩んだと思います。
一方で、さらに具合が悪く何も食べられない状態だったらどうでしょう。今度はお菓子をもらっても無駄になってしまいます。
このように、食べ物のお見舞いは、もらう患者さんにとってもかかわる看護師にとっても、悩みの種になり得るのです。
こうした経験から、私はお見舞いに物を送ることにはかなり慎重です。気持ちを伝えるなら、手紙やメールだけでもOK。どうしても物を――というのなら、「何か必要なものを買ってください」とコンビニで使える金券あたりが無難でしょうか。
ただ、何か金品を贈った場合、お返しの気遣いが生じる可能性があります。いっそ金品なしのほうが気を遣わせないメリットもあることを、頭に置いてください。
元気な時には問題がないことでも、病気をすると思わぬ事態を招きかねない……。これもまた、病む際の苦労の1つなのですよね。とにかく、お見舞いは負担にならないのが大原則です。
患者さんの気苦労を増やさぬよう、相手の身になって考えることが大切です。(『ヘルスケア・レストラン』2025年9月号)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

