“その人らしさ”を支える特養でのケア
第93回
「一時的な経管栄養」という選択肢
「食べたい」という意向に向かって経口摂取のためのケアを行い、少量の経口摂取ができることで、ご本人のQOLは大きく高まります。今回は、過去の経験から、一時的な経管栄養が功を奏した事例を紹介します。
「元気になったら食べる」を目標に
ご利用者様の食事摂取量が極端に低下している場合に、どのような栄養ケアを行っていますか?
これまで、食形態や提供時間の变更、栄養補助食品等の追加、利用者様ご本人が食べたい物の提供、食事環境の調整など、さまざまな方法で食事摂取量や、その延長として栄養摂取量の安定化をめざし対応してきました。
特養では非経口摂取を選択することが難しい場合が多いのですが、今回は、過去の経験から、一時的な経管栄養が功を奏した事例を紹介します。
Aさんは、経管栄養から経口移行のための支援を経て経口摂取を再開できた方です。いわゆる“老老介護”であったご自宅での生活で食事摂取量が低下。主治医の往診の際に「自宅での生活は難しいだろう」と判断され、ショートステイの利用が開始されました。
ショートステイでも食事摂取量は上昇しません。管理栄養士もケアに携わり、食事の内容や提供方法等の変更を試みましたが効果がありません。その後、ご家族の意向もあり、経鼻胃管を介した経管栄養が開始されることになりました。目的は、低栄養状態の回避です。ご本人とご家族には「元気になったらまた食べよう」とも説明されたようです。
その後、Aさんは在宅に戻ることが困難と判断され、当施設の特養に入所し、新たな生活が始まりました。当施設の嘱託医でもあったAさんの主治医からは、「元気になったら食べる」ことを目標にしてほしいと方針が伝えられました。
特養入居後もAさんの食欲不振は続いています。Aさんはショートステイ利用時から発語が不明瞭で、意思の疎通が困難なことが多い方でしたが、どうやら、口から食べることに興味がもてない様子です。そこで、他のご利用者様が食事をしている時間に食堂へ出てもらうことにしました。
食事中の食堂には「食べる」に関連した刺激が数多くあります。
まずは、配膳された食事が見えます。盛り付けをしている介護職員を見て自宅にいた頃の食事づくりを思い出している方もいるかもしれません。ご飯が炊ける香り、煮物の煮汁の匂い、揚げ物の香ばしい香り。カレーライスの日は刺激的なスパイスの香り。食器の音や、食事を促したり献立の説明をする声。食事をしているご利用者の会話。
これらを感じることで「おいしそう」「自分も食べたい」と思ってもらうことが狙いです。
食堂で過ごすAさんには積極的に話しかけます。「起きてきてくれるのを待っていましたよ」「おかずのいい匂いがしますね」など、Aさんの「食べる」を刺激し、離床し、活動することが楽しいと思える内容を選んでいます。
このような対応を行っていくなかで、「おにぎりが食べたい」とAさんから食べたい物の話が出始めました。そこで、おにぎりを食べること(状況からかなりのチャレンジと思われましたが)を目標に、経口移行の取り組みが始まりました。
嚥下機能の低下より意欲の低下が原因
当施設の経口移行は管理栄養士、歯科衛生士、機能訓練指導員の3職種が連携して行い、経口移行加算を算定しています。
歯科衛生士を中心に、口腔ケアや口腔体操を実施。機能訓練指導員は経口摂取の際の姿勢の調整や、それを維持するための訓練や生活リハビリのプログラムをつくります。管理栄養士は、他の2職種と情報共有を行いながら、現状に合った食形態で、直接訓練を兼ねた経口摂取を担当しています。
Aさんの場合、嚥下機能の低下より意欲の低下が経口摂取不良の原因と考えられましたが、誤嚥の兆候がないか、ムセやゴロ音の有無・経口摂取の前後での声質の変化などを観察しながら、慎重に進めていきます。
そのうち、Aさんは経鼻チューブの自己抜去を繰り返すようになりました。何度目かの自己抜去の際に行われたカンファレンスで、「チューブの抜去は『経口摂取だけにしたい』というAさんの意思表示なのではないか」と意見がまとまりました。嘱託医の同意もあり、そのまま経口摂取へ切り替え、Aさん自身も意欲的に食事ができるようになりました。
その後、Aさんは当施設のミキサー食(日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類コード2-2相当)の食事をおいしそうに食べています。他のご利用者様と一緒にレクリエーションを楽しんだり、塗り絵などの作品づくりに取り組んだりと、Aさんのできる範囲で楽しみのある生活を送れるようになりました。そのうちに、食事の自力摂取も可能となりました。
残念ながら、既往の慢性疾患の増悪があり、おにぎりを食べることがないままAさんは逝去されましたが、特養入居時に比べると、笑顔の多い毎日を過ごしていただくことができました。
一時的な経管栄養という選択方法も
病院勤務時代、食べられない場合に一時的に経管栄養を行って栄養摂取の谷間をつくらないように対応することは、栄養療法の選択肢の一つでした。しかし、特養に移ってからは、施設内の医療的ケアの限界やご利用者様のQOL等の観点から、一時的な経管栄養を選択肢に入れることは「難しいな」と感じていました。
また、経口摂取に移行できなければ経管栄養をやめることはできません。経管栄養を行うメリットとデメリットを説明し、ご利用者ご本人と家族も含めた検討が必要となってきます。そしてそこには、栄養ケアを含めた適切な経管栄養の管理が前提にあると考えています。
一方で、Aさんのケースは「一時的な経管栄養」という方法も選択できるのではないかと思わせてくれた事例です。これまで数例の経口移行を実施してきましたが、結果的に、Aさんのように完全に離脱できる事例もあれば、一部経口の事例、経口摂取できなかった事例とさまざまです。ただ、ご本人の「食べたい」という意向に沿って経口摂取のためのケアを行うこと、経管栄養を行いながらでも少量の経口摂取ができることで、ご利用者様のQOLは大きく高まります。
このような対応については賛否両論あると思います。しかし、選択肢として検討するかどうかは、ご利用者様の「その人らしさ」を尊重することにつながるのではないかと考えています。(『ヘルスケア・レストラン』2025年9月号)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

