お世話するココロ
第179回
ナースコールに追われて
最近患者さんのケア度が上がり、病棟が多忙になっています。ナースコールが鳴り止まない状況も、久しぶりに経験。ナースコールを鳴らし続ける人への対応について考えました。
連打されるナースコール
ある日の勤務時のこと。その患者さんのナースコールは、朝から鳴り続けました。患者さんは60代の女性。仮に、オオノさんとしておきます。
うつがひどく、食べない、動かない――の状態が続くうち、本当に体力が落ちて動けなくなっていたのです。
主な用件の1つが、寝ている身体の位置を整えること。この朝もナースコールに応じてベッドサイドにうかがうと、「あの、あっち向けてください」と。
ところが、その人が顔をしゃくって示す方向は、まさに今向いているほうなのでした。
「オオノさん、申し訳ないのですが、今まさに、ご希望の向きを向いているようですよ」
「え?違うの。だから、あっち」
「今も、同じほうを示しましたよ。ええっと……違うのかな。ぐるりと反対側を向けるのでしょうか」
「ええ。それでいいです。やってください」
私は、いささか判然としない気持ちを抱えながらも、オオノさんの指示どおりに一気に反対側に身体を向けたのでした。
「ううん。そうじゃなくて。あっち。こっちじゃ苦しい」
「じゃあ、元の向きのままで?」
「そう。もとのままで、腰だけ、もう少し、あっち向けてください」
私はとりあえず言われたとおりにしましたが、オオノさんは納得しません。「違う。ダメ。苦しい。もっとあっち」と目も合わさず言い続け、もはや万事休す。
私は「今できるのはここまでです。申しわけありません。一度下がります」と言い、部屋を後にしました。
この間、約10分。ようやくナースステーションに戻ると、またオオノさんのベッドからナースコールが鳴っています。
やりきれない気持ちを抑え再度訪室すると、オオノさんはベッドに寝たまま、「トイレに連れて行ってください」
そして、トイレから戻れば、また最初からやり直し……。
身体の向きを整えるのに使った10分は、いったいどこにいったのか。その後も連打されるナースコールに、徒労感はマックスでした。
帰宅してひと段落つくと
オオノさんの病室を担当していた私は、この事態を予想はしていたものの、現実は想像を超えていました。
「あっち向けてください。あっちです」
「ダメ。違う。足もあっちに」
「もっとやってください。これじゃダメです」……
仕事が終わる頃には、オオノさんの顔を見るのも声を聞くのも勘弁してほしい。そんな気持ちになってしまいました。
こうした経験は、以前働いた急性期病院では、もう日常茶飯事。絶え間なくナースコールが鳴り、待たされた患者さんに怒鳴られることさえ珍しくありませんでした。
それでも、家に帰ってひと段落すれば、患者さんの辛さを思う余裕も戻ってくる。こんな心境も、昔と一緒なんですよね。
その日も帰宅し、飼い猫とのんびり過ごす頃には、うつで不安なオオノさんに「もう少し穏やかにかかわれればよかった」。そんな反省も浮かぶのでした。
改めて振り返ると、オオノさんは自分ができることもしようとせず、看護師を動かそうとします。それが、長時間その場に留め置かれる看護師にはたまりません。
「足をもっと曲げてください」
「オオノさん、足を動かすのはご自分でできますよね」
「できません。やってください」
「でもオオノさん、さっきはトイレまでご自分で歩けたではありませんか」
「それでこんなに具合が悪くなったんです。お願いですから、やってください」
「では、これでよろしいですか」
「ダメです。苦しい。違います」
「ごめんなさい、私ができるのはここまでです。他の人の所にも行かなければなりません。一度下がります」
撮られたブロセスレコードのように、交わした会話が蘇ります。
いら立ってしまう自分も仕方なかったと思いつつ、この先かかわるなら、どうすれば穏やかな気持ちでかかわれるか考えました。
テキストから学ぶ
私が看護系大学の非常勤講師として教えている科目に「リエゾン看護論」があります。精神科看護の知見を、身体科での看護と看護師への精神的支援に活かす専門領域がリエゾン看護。
私自身は専門看護師の資格はないのですが、精神科と身体科両方で働いた経験と博士の学位を活かし、教員として教えています。
この授業で使うテキスト※には<不安の強い患者>として、オオノさんのような事例が出ていて、とても参考になりました。オオノさんに照らして、学んだ要点を以下にまとめてみます。
●オオノさんが満足していない様子が多少あっても、必要ならば退室する。
なんだかんだ言っても、私自身、オオノさんに満足してもらいたいという気持ちがあるのですよね。それどころか、満足してもらうまでその場にいないと、なんか十分なケアをしていない気持ちになってしまうのです。
しかし、これはなかなか無理な相談だと言えます。なぜなら、オオノさんは看護師にずっとそばにいてほしいのです。そのため、どんなにケアをしても、立ち去る限り満足せず、「もう行ってしまうのか」と責めるような態度をとられるのです。
現実的には、オオノさんだけについていることはできません。他の業務があれば退室はやむを得ない。ただ、その時の配慮として、次にいつ頃訪室できそうかの目安を伝える努力はしたいものです。
●「十分かかわっておけば、後は1人で過ごせるだろう」と期待しない。
常に誰かがそばにいてほしいオオノさんには、こうした期待は酷と言わざるを得ません。期待をもてってしまえば、期待どおりにならないオオノさんに落胆や怒りを感じてしまうだけ。ここは、オオノさんの変化を期待せず、可能な範囲で現実的に対応するのがよいと考えます。
テキストを改めて読み返し「なんと今の私に響くアドバイスか」と感動しました。
患者さんの多くは不安や恐怖を抱え、そうそう肯定的な気持ちにはなれないものです。そして、不示安の強い患者さんは、自分でできることも「できない」と言い、私たちを引きとめるのです。
それを「依存しているから自立させなければいけない」とこちらが力んでも、なかなかうまくいきません。その心理を理解しつつ、自分たちができることを淡々と行うしかない。そんな時期もあるのですよね。
こうした限界を理解しつつ、諦めすぎず、期待しすぎず、自分の気持ちをなだめながらいいケアを提供したいものです。(『ヘルスケア・レストラン』2025年8月号)
※「体疾患患者の精神看護―リエゾンナースへの相談事例に学ぶ一」(平井元子著 へるす出版 2013年)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

