コロナ後こそ病院経営の正念場 トップの対話力
疾病構造の変化や少子高齢化、あるいは地域医療構想など、病院を取り巻く経営環境は劇的に変わりつつある。そうしたなかで病院を舵取りしていくには、かつてないほどのリーダーシップが求められており、その具体的方策としてトップと現場の「対話」がきわめて重要になっている。そこで本企画では、病院トップに自身の「対話」へのこだわり、手法、留意していることなどを聞くほか、院長経験者に新時代における病院トップの「対話」のあり方を提言してもらう。
PHASE3 2020年7月号 特集
●提言
先駆者が語る
現場との雑談なくして組織づくりはありえない
関塚 永一/セコム医療株式会社顧問
独立行政法人国立病院機構埼玉病院名誉院長
●事例
1 自発的な理念づくりへ
コミュニケーションを通じて職員の主体性を引き出す
矢木崇善/医療法人弘善会理事長
2 組織の底上げを実現
合議制を支える人材育成に向けあらゆる場面で意思疎通を図る
中村秀敏/医療法人真鶴会 小倉第一病院理事長・院長
3 新型コロナを迎え撃つ
新型コロナ患者の受け入れへ意識喚起のメッセージを発信
大坪由里子/医療法人社団大坪会 三軒茶病院院長
●追記
変革期と対話
自院の方向性を医療職に届けるには日常的な対話が効果的
〈特集より特別掲載〉
提言 先駆者が語る
現場との雑談なくして組織づくりはありえない
関塚 永一/セコム医療株式会社顧問、独立行政法人国立病院機構埼玉病院名誉院長
医療職はもともと職務へのロイヤルティは高い一方、組織の目標達成にはそれほど関心を示さないと言われる。とはいえ、それを放置して病院経営はおぼつかない。独立行政法人国立病院機構埼玉病院の関塚永一名誉院長は、同院院長に在職中の7年間で機構でも指折りの優良病院に成長させたが、約1000人の職員を束ねるもととなったのが「朝のあいさつ」での何気ない会話だったという。
接する機会をつくり話をしていく
――関塚先生は独立行政法人国立病院機構埼玉病院の院長を7年間にわたって務め、同院を機構でも指折りの優良病院に成長させました。医療職をどのように束ね、率いてきたのですか。
有名な「マズローの欲求6段階説」がありますが、一般企業に比べて病院に勤める職員の場合、自己実現と承認に対する欲求が強いように感じます(図1)。その代わり生理的欲求は基本的に満たされており、所属と愛の欲求はそれほど強くない。このことは今回の新型コロナウイルス感染症対策における医療従事者の献身ぶりにも現れたと思います。患者さんのためなら自らの危険は顧みず、治療に従事するのです。
病院をマネジメントしていくうえでは、そうした医療従事者の特性を踏まえなければなりません。もちろんそれぞれの欲求を野放しにしているだけでは病院を望ましい方向に進めることはできません。ただ、医療従事者は「上から目線」で指図されることを極端に嫌がりますから、欲求を満たしつつ、病院の方向性を丁寧に認識してもらう必要があります。病院の方向性を共有するにしても、本当に納得させるには時間がかかります。いろいろなところで接する機会をつくりながら話していくしかないのです。
医療者の欲求を満たすのも対話から
――関塚先生はどのような働きかけをしていたのですか。
私のモットーは職員を家族と思って接する「職員家族主義」ですが、この主義からすれば当然、医療職に顕著な「自己実現」「承認」の欲求を満たすことが、まず挙げられます。医師の場合であれば、専攻医なら専門医になるための症例を積める環境を用意すること、専門医であれば自分の腕を振るえる環境を用意することなどが考えられます。それには費用はかかるし、投資分が回収できるだけの収益も上げなければいけない。そうしたことを抱き合わせて話すと、病院の方針にも理解を示してくれやすくなります。それには、その医師がどのようなキャリアプランを描いているのか聞かないことには始まりません。
「承認」については、本人の頑張りをきちんと見ていることを伝えるだけでも十分でしょう。何も形式ばったことは必要ないと思います。たとえば埼玉病院では救急搬送を絶対に断らないことを掲げていましたから、夜勤の病棟看護師さんと朝の挨拶の時に顔を合わせたら「昨夜は救急の患者さんを3人も入院させてくれたんだね、お疲れさま」と声をかけるわけです。現場のどのような動きが病院の方向性に合致しているのかも皮膚感覚で理解してもらえます。
――病院の方針に反するような行動をとった場合はどうしますか。
院長の立場で直接とがめるようなことはしませんでした。それをやると「院長が来た」といって物陰に隠れたり、遠くの角で曲がったりして避けるようになります。これでは会話もできません(笑)。
人間関係の質は「雑談」で測る
――病院の方向性を共有したり、自己実現を支援するにも、コミュニケーションがなければ難しいですね。
私は日常的な雑談が大事だと思っています。元マサチューセッツ工科大学教授のダニエル・キムさんという人が「成功の循環モデル」を提唱していますが、循環のスタートに「関係の質」を挙げています。この関係の質を向上させないことには、循環も始まらないのです(図2)。
かつて企業のなかに「喫煙ルーム」があって、異なる部署の人たちが世間話をしながら仲良くなり、その関係が社内の潤滑油になって部署をまたがったプロジェクトがうまく進んだという話がありました。ここでいう「関係の質」はそうした人間関係によって高められるのです。
その「関係の質」がどれだけ高まっているかを示す目安として、「雑談できる間柄かどうか」があります。プライベートなことを気兼ねなく話せる間柄になっていれば、相手は「心理的安全性」を感じることができるし、気兼ねなくいろいろな意見を出してくれるものです。逆に何か言うと非難されると考えてしまえば、誰でも黙ってしまいます。もちろん、いつも優れた考えが聞けるわけではありませんが、そこはあえて目をつむることも必要です。
7年間欠かさず「朝のあいさつ」を実践
――病院に喫煙ルームはありません。そこで実践していたのが「朝の挨拶」なのですね。
7年間の院長在職中、出張などで出勤できない日以外は毎日、朝7時半から1時間、1階ロビーに立ち、患者さんや職員一人ひとりを笑顔のあいさつで出迎えました。日勤帯はだいたい患者も含め500人に会い、一人に2回あいさつするので、1日に1000回。7年間で約200万回、「おはようございます」を繰り返したことになります。
これによる効用はたくさんあります。まず、毎日続けることで職員のあいさつが次第に明るくなってくるのです。あいさつもできない人が病棟で患者さんに明るく接することができるとは思いません。
また職員の健康状態や生活状況も把握できるようになります。普段は明るくあいさつする職員の顔色が悪かったので聞いてみると、「お腹が痛くて食事もしていない」と返してきたことがあります。胃カメラを受けるように指示したところ、小さな潰瘍が見つかったことがあります。
また現場の状況の変化も察知しやすくなります。元気のない職員が数人以上いる部署は、何らかの問題が潜んでいるものです。「おはよう」が聞こえてこないチームで、コミュニケーションが十分に機能していることはまずありません。
――そこまでわかりますか。
わかります。何か問題を抱えていれば、まず笑顔ではないし、そもそもこちらに視線を合わせません。よほど調子が悪いか、こちらが示している方向性を共有できていないかのどちらかです。なかには裏口を通って職場に向かう人もいましたよ(笑)。
「一緒に働きたい」をアピールする
――それにしても毎朝というのは大変そうです。
むしろ一度やり始めたらやめられませんね。組織のトップが示すことのできる究極の真摯さとも思います。「一緒に働きたい」という姿勢を示すアピールの場でもあるのです。
それに、無料ですからね。むしろどうして実践しないのだろうと不思議に思うくらいです。もっとも実践してくれている人もいます。埼玉病院の現院長がそうですし、ほかにも何人かの院長が「僕もやっていますよ」と言っていました。対話力を高めたい院長にはぜひおすすめしたいですね。
もう一つ、「おはよう」の後に、「元気でやってる?」等でいいですから、一言添えるのが雑談のコツです。
――ありがとうございました。(最新医療経営 PHASE3 7月号)
せきづか・えいいち●1980年、慶應義塾大学医学部卒業。81年、同大学医学部内科学教室入局。83年、国立埼玉病院内科医員。85年、慶應義塾大学医学部消化器内科助手。86年、米・南アラバマ大学生理学教室留学。87年、米・ルイジアナ州立大学シュリポート校メディカルセンター生理学教室留学。88年、国立埼玉病院消化器科医長。94年、同院臨床研究部臓器循環室室長併任。98年、同院臨床研究部長。2002年、同院副院長(04年、独法国立病院機構埼玉病院)。10年、同院院長。17年より現職。セコム医療システム株式会社子穏、社会福祉法人和光福祉会理事長、富士フイルムメディカル株式会社顧問。