Dr.相澤の医事放談
第57回
「新たな地域医療構想」では
患者を「一人の人間」として診るべき

日本病院会の「『新たな地域医療構想』に向けた意見書」では、これまで、医療政策上、別枠で検討されることが多かった精神科や歯科領域の疾患も取り込んで議論することを提言している。そうした発想の重要性について、相澤孝夫先生に解説してもらう。

精神科、歯科も分けず「一人の人間」を診る視点

日本病院会がまとめた「『新たな地域医療構想』に向けた意見書」は、①現状把握に基づく将来への視点、②医療圏について、③病院の医療機能、④財政的基盤の整備と援助等、⑤法体系の整備、⑥最後に――という構成で地域医療構想で踏まえるべき論点を示しました。
今回は、③についてです。

意見書では、新たな地域医療構想に関する検討会でも構成員の間から出ているように、「病院機能」に着目した検討を求めています。そもそも病院は、外来機能や救急機能、在宅機能も備えています。これらを勘案しなければ、地域医療の正しい把握は難しくなります。
そしてもう1つ、精神科医療も含めて議論すべきという提言も盛り込みました。これまで精神科医療は一般医療と切り離されて議論されてきた傾向がありますが、いじめや不登校、発達障害、働き盛りのうつ病や自殺、高齢者の孤独や孤立、認知症、うつ病などメンタルヘルスは国民的課題です。そして、精神疾患を抱えながら一般医療機関を受療している方も少なくありません。こうした現状を踏まえれば、一般医療と精神科医療を分けて扱うべきでないことは明白です。

そもそも、精神科を切り離して地域医療を議論すること自体が問題だと思っています。歯科もそうです。人間の身体は1つであり、精神科、歯科を別個に提供する体制を考えること自体、違和感があります。心臓、脳、消化器――といった縦割り体制がもたらす負の側面については議論が進んでいますが、精神科や歯科は置き去りにされたまま。このような提供体制の縦割りは非効率的で、良い結果も生みません。「国が包括的に検討する」という方針をどこかで示すべきで、そのことを訴えているのです。

「私は○○科なので」と診療を断ってはいけない

これは、かかりつけ医機能の議論にもつながります。かかりつけ医や主治医として日常的に接している患者さんが不調をきたしたときでも、ある程度の症状であれば最低限の処置を行っているはずです。たとえば、薬を処方して1~2日様子を見て、状態が変わらなければまた診るといった具合です。精神科の医師も同様で、目の前の患者さんが風邪をひいたとして、「私は精神科なので他科の先生に診てもらおう」とはならないはずです。
自分の手にあまると判断すれば、より専門性の高い医療を提供する医療機関を紹介すればいい話で、初めから診療を拒む理由にはなりません。今後、複数の疾患を持った高齢者がますます増えていきます。日常生活での診療では、複合的に診る姿勢が医療機関側には求められ、それは精神科も同じです。
過度な縦割り診療は医療費の非効率的な活用につながりかねません。ある地域で、そこにあるいくつかの診療所が一人の患者さんについて頭部、循環器、呼吸器、消化器と別々に診療すれば、いくらでも開業の余地は出てきます。現在、病院の件数が減少している一方で、診療所の件数は増え続けていますが、このような流れがなぜ起きているのか、背景をよく考えてみる必要があるでしょう。

私は従前から、日常生活圏で全人的に診ることのできる診療所を、住民2000~3000人当たり1件設けることを提唱しています。単純計算すれば、診療所件数も6万件程度に収まることになります。そうした診療所でまず診断し、手にあまる状態と判断すれば、本稿でも提案した地域型病院に委ね、それでも難しければ高度急性期機能を備えた広域型病院に――という流れをつくるのです。
こうした仕組みの構築にあたって、一部で取りざたされているような開業規制は必要ありません。「当診療所はかかりつけ医機能を有しているので、何でもご相談してください」ということを示す看板を掲げればいいだけです。患者さんも、身のことをよく知っている診療所を自由に選べます。日本の医療の歴史を無視して外国の制度を無理に導入し、自由開業制、フリーアクセスを制限するのは不自然です。

繰り返しますが、高齢者を一人の人間としてみると、加齢や複数の疾病で身体機能は衰え、回復機能も、生活機能も低下するでしょう。そのような方々はしっかり支援すべきだし、生活機能が急激に衰えないよういろいろ手当てしなければいけません。それには臓器別でなく、精神科領域も含めて総合的に診る医療機関が必要です。
そうした役割を果たすのが、外来におけるかかりつけ医機能なのです。(『最新医療経営PHASE3』2025年1月号)

相澤孝夫
社会医療法人財団慈泉会理事長
相澤病院最高経営責任者
一般社団法人 日本病院会 会長
あいざわ・たかお●1947年5月、長野県松本市生まれ。73年3月、東京慈恵会医科大学を卒業。同年5月、信州大学医学部第二内科入局。94年10月、特定医療法人慈泉会理事長。現在、社会医療法人財団慈泉会理事長、相澤病院最高経営責任者。2010年、日本病院会副会長。17年5月より日本病院会会長。

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