これから始める病院原価計算
第6回
診療科別の原価計算では俯瞰的な視点でとらえて全体最適を図ることが重要
原価計算を実施する場合、その多くが診療科別で行い、全診療科で黒字を目標としているのではないか。病院経営において、めざすべきは全体最適。特定の診療科の赤字をどこで補うか、幅広い選択肢から選べるようにしたい。
黒字になりやすい診療科
赤字になりやすい診療科
原価計算を実施している病院で、最も実施率の高い計算単位は診療科別です。病院経営は医師を中心にして動いており、多くの医師はいずれかの診療科に属していることから、分析を行う必要性は高いといえます。
しかし、診療科を横並びで評価するのは適切ではありません。その理由は、全国的にみて黒字になりやすい診療科と赤字になりやすい診療科が存在するからです。2013年に中央社会保険医療協議会のコスト調査分科会で示された報告書では、全国的にみて利益率の高い診療科、低い診療科があることが指摘されています。
そのため、原価計算の結果をもとに全診療科で黒字をめざすのは合理的ではありません。それよりは、赤字の診療科が出す損失を黒字の診療科で補うといった発想をもち、どのように全体最適を図るかという意識が重要になります。
同じ病院であっても異なる戦略が推奨される
人口動態の変化により地域の医療ニーズは変わります。また、新薬や革新的医療機器の登場などにより、予期せぬパラダイムシフトが起きることもあります。
図1は、厚生労働省が実施した患者調査の結果から、病院だけの実績を抽出して加工したものです。棒グラフ内の値は、02年の実績を100とした17年の指数であり、疾患別の、①延べ入院日数(②×③)、②推計退院患者数、③平均在院日数が15年間でどのように変化したのかを表しています。
ご覧いただくとわかるとおり、呼吸器系の疾患は患者数が25%増加し、平均在院日数も8%伸びたことで、延べ入院日数が36%伸びています。一方で、消化器系の疾患は患者数が55%増加したものの、平均在院日数は50%短縮し、結果として延べ入院日数は22%減少しています。これは、同じ病院であっても診療科によって取るべき戦略が異なる可能性を示唆しています。
診療科別原価計算により医師退職時の影響を予測
ここからは、福岡県に所在する病院から、医師の退職に伴う影響調査の依頼を受け、分析した事例を紹介します。
同院の経営陣は、診療科全体で年間10憶円の収益を上げていた循環器内科の医師1人が大学医局に引き揚げられることになり、その影響を気にしていました。
私は、医事データから、当該医師が年間1・5憶円の診療収益を得ていたことを確認した後、この収益を得るためにどの程度の費用がかかっていたのかを計算しました。図2は、そのときに作成した資料です。当該医師が得ていた診療収益を100%とすると、医薬品費に5%、診療材料費に33%、医師給与費に9%の費用が使われていたため、残りの54%にあたる8000万円を損失予測額としました。
伸びる余地ある診療科に追加投資する決断を実施
分析結果を経営会議で報告したところ、循環器内科の医師をどう確保するかという話が、8000万円の損失をどうやって補うかという議論に変化していきました。
その結果、断続的に入院待機患者が発生する状況になっていた整形外科の医師を増員するプランが浮上し、実行することになります。
それから1年が経過した同院では、整形外科の診療収益が前年比で1・3億円増加し、医薬品費、診療材料費、医師給与費の増加額は4000万円に抑えられたため、減収となりながらも利益を維持することができています。
このように、特定の診療科で発生するマイナスを病院全体でカバーする視点に立つと、幅広い選択肢からより良いプランを採用できます。診療科別の原価計算結果を行う場面では、病院全体を俯瞰してとらえることを意識しましょう。
おがわ・ようへい●2012年10月、株式会社メハーゲン入社。IT企画開発部に配属。自社開発の原価計算システムZEROのパッケージ化を推進。14年6月、R&D事業部に異動。15年11月、WEBサイト「上昇病院.com」開設。1年で会員数200人突破。16年9月、医療経営支援課に異動。17年10月、大手ITベンダーと販売代理店契約締結。18年、原価計算システムZEROの年間導入数10病院達成