介護業界深読み・裏読み
訪問介護支援の予算措置で
厚労省は「逃げ切り体制」
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
離職率は低下したものの倒産件数は増加
収支差率という平べったく奥行きのないデータを頼りに厚生労働省が行った「訪問介護叩き」は、やはり軽率だった。炎上という言葉では収まらないほど反発が強く、業界内外に定着した結果、新たな予算を措置しなければならない事態にまで至った。9月12日に開かれた介護給付費分科会で厚労省は、「訪問介護事業への支援について」と題して報告を行った。内容は、令和7年度予算(概算要求)において訪問介護事業者への支援措置を図るとするもの。
資料によれば、令和5年度の有効求人倍率を比べると施設介護員は3.24倍だったのに対し、訪問介護員は14.14倍と厳しい状況が続いている。一方離職率については介護職員全体の13.6%に対し訪問介護員は11.8%と低くなっており、入職が主戦場という認識を示しているが、生産年齢人口の急減が目に見えているなか、事実上手詰まりに近い。
あわせて、調査会社のリサーチで、今年上半期の介護事業所の倒産件数は介護保険制度創設以来最多、その大部分を占めるのが訪問介護事業所であることが明らかにされているが、厚労省の調査でも同様で、令和5~6年の訪問介護事業所の廃止状況(令和5・6年の3月の廃止事業所:339→376、令和5・6年の6月の廃止事業所:119→133)は深刻なものとなった。
改定を補う支援策のはずが……?
これに対して今回、厚労省が示した支援策では、①訪問介護等サービス提供体制確保支援事業(特に小規模な訪問介護等事業者への研修体系の整備、ヘルパーへの同行支援に係るかかり増し経費や経営改善に向けた取組などを支援)、②介護人材確保のための福祉施策と労働施策の連携体制の強化(介護人材確保のための協議会による職場説明会、職場見学会・体験会などの実施を推進)、③ホームヘルパーの魅力発信のための広報事業(ヘルパーに関する広報事業を実施し、ヘルパーの人材確保を促進)の3つを掲げている。
しかし、このうち①と②は地域医療介護総合確保基金のメニューに含まれるものであり、都道府県により濃淡が出ることは明らかだし、③はわずか5,800万円という少額だ。厚労省としても引け目を感じたのか、同じ資料に「処遇改善加算の更なる取得促進と、令和6年度報酬改定で新設・拡充した各種加算(口腔連携強化加算・認知症専門ケア加算・特定事業所加算)の活用を促すことで増収を図っていく」と余計な一文を書き込んでいる。特に全体の43%にも及ぶ「旧介護職員等特定処遇改善加算を取得せず、旧介護職員処遇改善加算を取得していた事業所」および未取得の事業所では、介護職員等処遇改善加算への移行に伴い、令和6年6月時点で増収効果が想定されるとする見解を示しているが、「処遇改善の加算率を上乗せしたので実質プラス改定だ」とうそぶいて炎上に薪をくべた間隆一郎・前老健局長の反省が活かされていないようだ。
案の定、介護給付費分科会でも出席した委員からは「魅力発信事業の効果を検証すべきではないか」「介護職員等処遇改善加算の要件を大幅緩和すべきではないか(職場環境等要件が本当に必要なのか)」などの厳しい意見が相次いだ。SNSでも、「これで納得して喜ぶ介護事業者が一人でもいたら驚く」とか「そんなことより即時に介護報酬を見直すべき」という感想が圧倒的多数を占めている。
現状を変えるための行動を検討するときが来た
もちろん、今回の措置が十分であろうとなかろうと、やらないより良いことは間違いない。しかし、介護関係者もバカではないのだから、厚労省が無理のない範囲で体裁を整えて、目先を変えようとしていることぐらいは、誰にだってわかるだろう。追加的予算措置に追い込まれたものの、それを逆手にとって「今回の概算要求で止血を図っているので、効果を見守っていてください」と身をかわすその狙いが見えすぎるほど見えている。
今年5月の経済財政諮問会議で武見敬三厚労大臣は、「環境変化を踏まえた中間年改定の在り方を検討」と明記したが、ただでさえ定時の改定議論は1年前からのスタート。そろそろ検討を始めないと、いつのまにか「中間年」は終わってしまうだろう。その武見大臣は非常に高い可能性で、自民党総裁選後の新総理大臣による組閣で交代する。また、中間年改定を熱心に訴えていた施設系サービスの各団体は、令和6年度介護報酬改定におけるプラス財源の大半を得て、溜飲が下がっている。前述の予算措置も相まって、厚労省の「逃げ切り体制」は整いつつある。
訪問介護をはじめとする在宅サービス事業者は、SNSが発展した今日こそいくらかマシになったものの、永田町や霞が関という政策決定の場においては、本当に声が小さい。施設系サービスに偏向した既得権益が実在する介護業界の現状を、今回の報酬改定とその後の顛末がありありと示しているなか、関係者それぞれがどのようなアクションをとるべきか。今こそ熟考すべきときだろう。(『地域介護経営 介護ビジョン』2024年11月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。