デジタルヘルスの今と可能性
第82回
デジタルヘルス時代における
地域の健康拠点化戦略の重要性
「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。
クリニックに求められる予防・健康増進機能
デジタルヘルスの活用が進んでいく、これからの時代において、地域医療はどのように変わっていくのか――。
今回はデジタルヘルスの最新技術の話題からいったん離れて、「地域医療新時代」といえる、クリニック経営の根幹に関わる重要なテーマについて考えてみたいと思います。
近年、患者さん自身による「セルフケア」の流れが顕著になってきているように感じます。
たとえば、「腸活」という言葉をよく耳にするようになりました。こうした流れは、単なるブームで終わるものではなく、人々の健康に対する意識の変化を表していると思っています。
また、YouTubeなどの動画プラットフォームにおいて、医師による疾患啓発動画の再生数が増加しているのも、この流れの一環でしょう。
こうした状況を目の当たりにすると、私たちクリニックは今後どのような存在であるべきなのかを、改めて考えさせられます。
果たして従来のように、病気になった人が来院するのを待っているだけの存在でよいのでしょうか。もちろん、病気の診断や治療を行うという医療機関として果たすべき基本的な機能は今後も求められます。しかし、それだけで十分なのでしょうか。
私は、クリニックはこれからの時代、地域の生活者や一度受診して良くなった患者さんに対して、「健康であり続ける」ためのサービスの提供に乗り出すべきだと考えています。つまり、「治療」から「予防」へ、さらには「健康増進」へと、その役割を拡大していく必要があるのです。
今すぐにでもやるべき
地域との関係性の構築
こうした「健康拠点」としての役割を果たしていくためには、患者さんや地域の人たちに、予防や健康増進を支援する存在として認知してもらう必要があります。これは日常から地域との関係性を深めることが不可欠です。
たとえば、町内のお祭りに参加したり、健康講座を開いたりする。ことで、地域の人たちとのつながりを強化していくことも1つの方法でしょう。
ここで多くの先生方は、「クリニックの外来が忙しいなかにあって、そんなことをしている時間はない」「健康講座をしても診療報酬に結びつかない」と考えているかもしれません。確かに、一人ひとりと時間をかけて関係を構築していくことは、現在の診療報酬体系では経済的メリットが直接的には見えにくいと思います。
しかし、長期的な視点にたって考えれば、こうした取り組みを通じた地域との関係性の構築こそが、デジタルヘルス時代においてクリニックが生き残っていくうえで、極めて重要な施策になると考えます。なぜなら、AIやIOTなどのテクノロジーの進歩によって、将来的には「資本力×テクノロジー」による大規模な医療提供体制が可能になっていくと予想されるからです。
そのとき、患者さんとの深い関係性がないクリニックは、その存在意義を失ってしまう可能性があります。
つまり、今は一見非効率に見える「関係性の構築」こそが、10年後、20年後のクリニックの競争力の源泉となるのです。大規模なテクノロジーを活用した医療提供である「機能としての医療」に対抗できるのは、地域に根ざした「関係性としての医療」なのです。
さらに重要なのは、こうした関係性の構築に取り組むことができるのは、今しかないのではないかということです。多くのクリニックは、現在ある程度の内部留保を持っています。今後、診療報酬の引き下げや患者さんの減少など、クリニックの経営環境は今以上に厳しくなると予想されます。だがらこそ、余力があるうちに、将来への投資として関係性の構築に取り組むべきなのです。
機能は容易に代替可能
関係性は代替が困難
ここで強調したいのは、こうした取り組みは決して「非効率」ではないということです。
確かに短期的には収益に結びつきにくいかもしれません。しかし、長期的に見れば、これこそが最も効率的な経営戦略になるのです。
なぜなら、テクノロジーの進歩によって今後、「機能としての医療」は容易に代替可能になる一方で、「関係性としての医療」については、簡単には代替することができないからです。
では具体的にどのような取り組みが考えられるでしょうか。
たとえば、定期的な健康講座の開催、患者さんのコミュニティづくり、地域のイベントへの積極的な参加などが挙げられます。また、SNSを活用した情報発信や、オンラインでの健康相談なども効果的でしょう。
そして重要なのは、これらの活「動を通じて、クリニックが単なる「治療の場」ではなく、地域の健康の中心地となることです。
もちろん、こうした取り組みには、時間と労力がかかります。しかし、それを惜しんではいけません。なぜなら、今この時期にこそ、将来への投資として関係性の構築に取り組むべきだからです。
最後に強調したいのは、こうした取り組みは決して、「非デジタル」でなくてもいいということです。むしろ、デジタル技術を活用することで、より効果的に関係性を構築し、維持することも可能です。たとえば、オンラインツールを使った健康管理支援や、AIを活用した個別化された健康アドバイスなど、テクノロジーと人間的な関わりを組み合わせることで、今の時代、より強固な関係性を築くことができるのです。
健康講座の開催もオンラインで行うこともできますし、それをアーカイブして、クリニックの患者さんや紹介者だけにパスワードを発行してみてもらうこともできます。
今こそ最後のタイミングかもしれません。目の前の診療に追われるだけでなく、未来を見据えた関、係性の構築に取り組みましょう。それが、10年後、20年後も地域に必要とされるクリニックであり続けるための、最も確実な道だと考えています。(『CLINIC ばんぶう』2024年10月号)
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上