介護業界深読み・裏読み
厚労省人事、報酬改定の司令塔が
老健局を去る…今後の動向は
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
改定後のトップ交代背景はやはり改定率?
厚生労働省の幹部人事が7月5日に発令された。ご存知の通り、各府省庁では毎年この時期に、いわゆるキャリア人事が行われる。ノンキャリア人事は4月にあらかじめ行われているが、省の舵取りにあたる幹部人事は夏に集中するため、ここでの裁定が自ずと注目されることになる。
さて、今年も興味深い人事が行われているので紹介したい。まず、主に介護分野を扱う老健局長には、総括審議官として各種政策のとりまとめにあたってきた黒田秀郎氏が就任した。黒田氏は福岡県出身で、1991年東京大学法学部を卒業後、旧厚生省に入省。2022年に内閣官房内閣審議官、2023年には厚労省総括審議官と要職を務めてきた。老健局では総務課長の経験があり、介護予防の取り組みなど先駆的な施策展開で知られる大分県に副知事として出向していたことからも、老健局長として大いに手腕をふるう姿が期待される。
前任者の間隆一郎氏については、令和6年度介護報酬改定で訪問介護等にマイナス改定を断行したことが、いまなお波紋を呼んでいる。年明け以来、メディアや関係団体から袋叩きに遭い、国会でも厳しく糾弾され続けてきたことから評価が分かれ、その処遇が注目されていた。今回の改定については、事務次官だった大島一博氏とこの間氏がいわば「司令塔」となっていたことは公然の秘密で、田村憲久氏や加藤勝信氏など厚労大臣経験者と連携し、関係団体へ「要望活動や集会等の指示を行っていたという噂もある」(社会部記者)という。マイナス改定と言えば財務省がやり玉にあげられることが多いが、あくまで財務省は全体の枠組み(+1.59%)と大まかな方向性を示すまでであり、細かな分配は厚労省の仕事。財務省にも「訪問介護をあんなに削ってまで、施設に配分する必要があるのか」というクレームは聞こえているというが、正直なところ「厚労省が勝手に燃えている」程度の感想ではないだろうか。
何にせよ、介護報酬改定において診療報酬よりも高い改定率を勝ち取るという歴史的成果をあげた直後の大炎上。「加算をちゃんと算定すれば実質的にはプラス改定」という反論も逆効果となり、「策士、策におぼれる」との揶揄も浴びせられるなか、さすがの間氏も「落ち込んでいたように見えた」(同記者)という。
直前に声を上げるだけなく
日頃の態勢がものを言う
「現在の厚労省で事務次官候補と目されているのは間氏のほか、大臣官房長に留任した村山誠氏、総合政策担当の政策統括官から保険局長に昇進した鹿沼均氏などがおり、今年就任した伊原和人次官が前任の大島一博氏と同期入省ということもあって、次官レースは来夏以降という短期決戦も視野に入れたものになる。その意味で、今回の炎上が間氏にとって大きな痛手になるという見方もあったが、結局、改革議論の渦中にある年金局長におさまった。年金局では課長級はほぼ全員が留任という厳戒態勢ではあるものの、「省内での間氏のポジションは決して下がっていない」(厚労省関係者)という。
そのほか老健局内では、山口高志総務課長が社会・援護局総務課長に、後任に江口満氏(前障害保健福祉部企画課長)が着任したほか、介護保険計画課長に大竹雄二氏(前大臣官房付マイナ保険証推進担当)、認知症施策・地域介護推進課長には吉田慎氏(前内閣官房内閣参事官)が就いた。峰村浩司高齢者支援課長と古元重和老人保健課長は留任、老健局担当の大臣官房審議官には財務省出身の吉田修氏が就任しており、当面は古元老人保健課長が中核となるのかも知れない。
さて、介護関係者にとって重要なのは、厚労省内のあれこれではなく、この新しいシフトで何が行われるのか、ということだろう。報酬改定を控えた年はある意味わかりやすく、今年のようなタイミングはいまいち見えづらいところがあるとも思うが、敢えてシンプルな表現をするならば、弾込めの一年ということができるかもしれない。まずは介護報酬改定の目玉として措置された新しい処遇改善加算が十分に活用され、賃上げが目標(令和6年度:2.5%、令和7年度:2.0%)に達しているか。特に建付け上は2年分の財源措置とされているこの件については、武見敬三厚労大臣自身が今年5月の経済財政諮問会議で「中間年改定の在り方を検討していく」と示した礎になるものであるため、主眼のひとつとなることは間違いないだろう。
そのほかにも、財務省から求められている給付と負担の在り方に係る検討や、介護情報基盤の構築をはじめとする医療・介護DXの推進、利用者負担の導入やシャドーワークの評価まで視野に入れたケアマネジメントの在り方、医療機関と高齢者施設の連携等をはじめとする医療・介護連携もそうだろう。これらが軒並み、次の法改正や報酬改定のネタを含んで整理されていく。それを思えば、3年ごとの報酬改定で声をあげていくことは勿論大事だが、その前段階となるこの時期こそ、業界の積極的な関与が求められると考えなければならない。(『地域介護経営 介護ビジョン』2024年9月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。