“その人らしさ”を支える特養でのケア
第80回
高齢者施設での栄養指導

高齢者施設(特養)での栄養指導と聞くと、皆さんはどんな様子を思い浮かべますか?なかには、「え、高齢者施設で?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。実際、私も高齢者施設に入職した当時、まさにそんな反応をしました。

特養では縁遠い栄養指導

「栄養指導も栄養ケアの一環なんですけどねぇ」
入院時栄養食事指導料の件数がなかなか増えない――とぼやく病院管理栄養士の後輩とのやり取りでのこと。冒頭のセリフを後輩がつぶやいた時は「そうだよね」と同調したものの、耳の痛い話。なぜなら、病院勤務の頃は当たり前のように実施していた栄養指導ですが、特養に仕事の場を移してからはすっかりご無沙汰しています。

都道府県で違いがあるかと思いますが、当施設がある新潟県の給食実施状況報告書(以下、報告書)には、食事・栄養指導の件数が報告内容に含まれています。特養での勤務1年目、報告書の項目でその文字を見つけた私は「え!!特養で栄養指導?」と頭を抱えました。
ご利用者のほとんどが認知症で食事療法が必要な方であっても、施設内の管理された食事(一般食含む)で十分に病状が安定している方ばかりの環境では、栄養指導を行うきっかけも、理由も見つけることができませんでした。病院勤務時のように、主治医から栄養指導の指示もありません。報告書の作成時期になると「栄養指導」を思い出しますが、その時期が過ぎれば記憶から遠ざかり、翌年の報告書作成でまた思い出す……といったことを繰り返していました。

かたちにとらわれない栄養指導のスタイル

この間、私がしていたことといえば、ご利用者に差し入れのお菓子の食べ方を説明したり、レクリエーションの一環で栄養クイズを出題したりと、栄養ケアにつながるような仕事でした。そしてある年、報告書を作成している時にふと「ご利用者の希望を汲みとりながら差し入れのお菓子の食べ方を決めていったり、クイズを出して栄養に関心をもってもらうよう働きかけたりすることって、栄養指導かも」と思い至りました。業務のなかでご利用者の意向に沿いつつ、体調を維持できる生活を一緒に考えていることを振り返り、これらは“栄養指導”と言っていいのではないか?と思ったのです。
そこで、改めて「栄養指導」について定義を調べました。「栄養士法で定められた、栄養士が従事する『栄養の指導』について、『個人や集団に対し専門的知識や技術を用いて、食べ方あるいは栄養補給法などを調節し、対象者の栄養代謝や身体機能の調節過程に介入し制御すること(筆者要約)』とし、栄養の指導には栄養指導の他に給食の提供や栄養管理も含まれる」*1と書かれていました。
このことから、日常的にご利用者とかかわり、食事の仕方や間食のとり方などをご利用者と一緒に考え実践できるように介入することも、栄養指導と言ってよいのではないかと考えました。

*1:小松龍史,栄養士・管理栄養士の将来像,会報栄養日本・礎,2013,10,1 Vol 3-No.2
https://www.dietitian.or.jp/assets/data/learn/marterial/vol3-No2.pdf (2024年6月18日)

特養での食事療法の一例

Kさんは、ADLの低下によって自宅での生活が困難となり、当施設へ入所されました。入居後に行われた健康診断の結果、腎機能の低下がわかり、嘱託医からたんぱく制限と塩分制限、カリウム制限を行うよう指示がありました。
Kさんは、ご自分が納得できないことにはっきり不満を伝えてくださる方です。そのため気難しい印象があり、食事療法を受け入れてくださるか不安がよぎりました。それでも、食事内容に関する説明は管理栄養士である私の仕事。緊張しながら訪室しました。Kさんの検査結果も含め、食事療法が必要であることを説明し、納得していただきました。
しかし、食事療法を開始してしばらくすると、Kさんの食事摂取量が低下。再び面談をすることになりました。事前に嘱託医に現状を報告して指示栄養量の範囲内で食べる内容を調整したいと上申、了承を得てから面談を行いました。

Kさんは以前から「食べるより飲むほうがいい」とおっしゃっていたため、ドリンクタイプの栄養補助食品を追加していくことを中心に、Kさんの意向も踏まえながら、内容を調整。実はこの面談の際、「隣の席のAさんがバナナを食べているのがうらやましい」とお話しされました。ただ直前に行われた血液検査で血清カリウム値が改善していることがわかっていたため、Kさんが食事療法を頑張っている成果が出ていることを伝えました。これにより、Kさんの食事療法に対するモチベーションが上昇し、不満はあるものの、食事療法の継続を納得していただけました。
現在も、Kさんは時々不満を訴えつつ、食事療法に取り組んでいます。食事の不満が高まると食事摂取量が低下してしまう傾向があるため、こまめに面談を繰り返し、可能な範囲で希望する食事内容に変更して、食事療法のモチベーション維持に努めています。

以前は気難しかったKさんですが、最近は「来てくれてありがとう」「心配してくれてるんだよね」など、私に対してねぎらいの言葉をかけてくださることが増えました。また、食事療法への不満は、好きなものが食べられないことよりも、ほかのご利用者と同じ食事でなく寂しいことにあると、本音を漏らしてくださるようにもなりました。
こうした変化は、こまめに面談したことや食事療法の効果を具体的に共有したことで、Kさんからの信頼につながった結果だと感じています。

利用者一人ひとりに合った食事療法・指導を考える

私は、特養のご利用者に対してどこまで食事療法を行うべきかについて画一的に考えることは“ナンセンス”であると思っています。今回のKさんの事例のように、栄養指導が効果的に働き、食事療法がうまくいく場合もあれば、逆効果となる事例も経験しています。

厚生労働省から示される資料によれば、介護老人福祉施設の平均在所期間は約3.5年(図1*2)。この期間を食事療法しながら不調の波を最小限にして生活するか、それとも、少しくらい体調が悪くても好きなものを食べて生活するかは、個々のご利用者やご家族の意向に大きく左右されます。
一人ひとりの事例と真摯に向き合い、穏やかに人生の終末期を過ごすお手伝いを続けたいと思っています。(『ヘルスケア・レストラン』2024年8月号)

図1 介護老人福祉施設の平均在所・在院日数

注)平均在所日数の調査が行われた年度を記載。
出典:厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」

*2:厚生労働省 第183回社保審——介護給付費分科会 介護老人保健施設(特別養護老人ホーム)
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000663498.pdf (2024年6月18日)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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