DATAで読み解く今後の方向性 地域医療・介護向上委員会【特別編】
第70回
社会保障制度の持続可能性を再考する⑥

2024年診療報酬改定はプラス改定で決着したが、財務省主導による医療費抑制政策は今後も進められていくのだろう。複数回にわたり、医療を含む社会保障制度の持続可能性について検討してみたい。

政府・官僚主導の政治が非効率な制度を生み出した

2024年の診療報酬改定は最終的にはブラス改定に落ち着いたが、財務省主導による医療費抑制は今後も進められていくだろう。前回に引き続き、医療を含む社会保障制度の現状の課題と今後の方向性について、論じていく。

社会保障制度の根本的な問題は、
①公定価格や総量規制、資格制度等、規制ばかりの社会主義的な制度、②実質的に強制徴収となっている社会保険に加えて公費で補填されることによる利権の肥大化、③官僚や政治家も間違いを認めず、利権に配慮した改革の先送り――の3つであろう。非効率な制度を生み出してきた、政府・官僚主導の政治を見直す必要があるのだ。

そもそも社会保障とは何か、再考しておく必要があろう。
自由主義の社会学者ハイエクは、社会保障には、限定的保障と絶対的保障があることを指摘している。従来は深刻な物質的窮乏に対する補償である「限定的保障」だった制度の趣旨が、特定の生活水準の安定に対する補償である「絶対的保障」に広がっていることが問題なのだ。国家が一律に国民を保護するというのは、人の苦労は減るかもしれないが、人間の国家への依存が生じ、人間らしくなくなることだと言える。
社会保障給付費が肥大化するなかで、社会保障の対象を、ハイエクの言う「限定的保障」に絞っていくことが必要だと考える。

現役世代が高齢者を支える
果たしてこれは正しいのか

社会保障制度を語るうえでは、人口構造の変化が大きく取り上げられる。
厚生労働省はよく65歳以上と20歳~64歳の比率を例に出す。1962年に9.1人(胴上げ型)だったのが、2023年には1.8人(騎馬戦型)、2050年には1.3人(肩車型)となっており、このままでは支える人数が減ってしまうから問題だ、シニアの方も支える側に回ってもらう必要があるという説明をしている。
しかし、そもそも現役世代が高齢者を支えるという前提は正しいかという点について、国民的な議論をすべきではないだろうか。

日本では、高齢人口の増加を理由に、医療費や介護費が自然に増加していくものだと考える人が多いが、医療経済学的には、人口動態の変化よりも所得の上昇や技術の進歩が大きく影響する。つまり、費用の増加は自然なものではなく、人工的なものなのだ。
本来、所得上昇や技術進歩が、医療費増加に寄与するが、公定価格が抑制されてきたということだろう。改めて、給付のあり方を見直すタイミングに来ていると感じている。

リストラの可能性はあるが
医療の生産性向上は必要だ

潜在的に50%を超えている、大変高い国民負担率(税金+社会保険料)を減らすには、自己負担の増加だけでなく、給付抑制の議論をすべきであろう。しかしそうなると、給付の半分を占める人件費をどこまで削るかという議論にもなる。
人件費を削る場合、人員を減らすか、あるいは給与を減らすかという2つの選択肢がある。ただ、現状の医療・介護の生産性の低さを考えれば、人員を減らしつつ、生産性は上げることで、給与は維持するというという発想が望ましいだろう。

生産性の向上に対する業界団体のよくある反論として、「医療・介護業界は、労働集約型の産業なので、生産性向上はできない」という意見がある。確かに、公定価格で、人員配置要件など、さまざまな規制があって、社会主義的な状況になっている今の医療・介護業界は、生産性向上余地が限定的であるというのは事実だ。
しかし、今の制度を前提に議論を進めるのは、現実的ではないだろう。たとえば、人員配置要件を撤廃して、AIやロボットの活用、タスクシフトなどを進めて生産性を向上させるとか、混合診療を解禁して、医療従事者の指名料を設定することで、自費診療によって売上を引き上げることも可能だろう。
実際に、内科や精神科の医師の仕事がAIにとってかわられる、または、薬剤師の仕事のうち、ピッキングはロボットに、薬剤指導がAIにとってかわられることは、時期はわからないが、起こる可能性の高い未来だといえる。

医師の生産性の向上は、リストラの可能性を意味する。しかし、一部の医師の労働環境は過重労働となっており、それが是正されることや、医学部に行くような少なくとも学力的には理系のトップ人材が他の業界に貢献できるといったメリットも考えられる。

医療・介護費は自分で払う
新たな保険の仕組みの必要性

話題は変わるが、医療保険のあり方について、考えてみよう。日本では、医療保険の保険料は、年齢や収入によって、ほぼ一律の制度となっている。しかし、たとえば、自動車保険のように、保険料は安いが免責額が高い保険の導入や診療内容によって自己負担のさらなる上昇(5割)も選択肢の一つではないか。
生涯医療費は2700万円もかかると言われているが、人生100年時代、持続可能ではない保険制度のもとで、他人の医療費・介護費を補填し続けていくのか、それとも社会保険そのものを見直し、自分の医療費や介護費は自分で支払うことを前提とした仕組みに変えていくことも選択肢の一つであろう。

自分の医療費や介護費の支払いを「自分ゴト」にしていくうえで、米国でのHSA(医療貯蓄口座)が参考になるかもしれない。
米国では保険料が安く免責額が高い保険に加入する場合、HSAの開設が求められており、加入者数は増加傾向になり、直近では3500万人というデータもある。加入者は、積み立てNISAのように、医療費の積み立てを行い、HSAを用いて医療費を支払う場合には、運用利益は免税となるのだ。

子ども医療の無償化を掲げる自治体が増えているが、私はこの政策には反対だ。子どもに限らず生活保護者を含め、無料だとモラルハザードといって、頻回受診や過剰医療の温床となってしまう。子ども医療費無料化は、選挙対策の面もあるが、負担のあり方については、高齢者と同様、一貫した姿勢を示すことが重要だ。

次回も引き続き、社会保障制度の現状と課題、今後の方向性を読み解いていく。(『CLINIC ばんぶう』2024年8月号)

石川雅俊
筑波大学医学医療系客員准教授
いしかわ・まさとし●2005年、筑波大学医学専門学群、初期臨床研修を経て08年、KPMGヘルスケアジャパンに参画。12年、同社マネージャー。14年4月より国際医療福祉大学准教授、16年4月から18年3月まで厚生労働省勤務

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