お世話するココロ
第166回
衣類の洗濯から見えること

精神科病院の慢性期病棟では、患者さんの洗濯物の扱いによく悩みます。家族が請け負うのが当たり前だった総合病院のやり方とは異なる、長期入院特有の対処法は、新たな発見でした。

衣食住の「衣」問題

今私が働いている精神科病院の慢性期病棟には、さまざまな生活能力の人がいます。いわゆる“衣食住”のうち、食と住は病院側から提供される一方、衣については患者個人に委ねられる部分が大きいことに気づきました。

なぜ今になって気づいたかというと、以前働いていた総合病院では、自然になんとかなっていたからです。自分でできる人は病棟のコインランドリーを使いますし、長くて1ヵ月程度の入院では、旅行程度の荷物でやりくりできるのです。
一方、自分でできない場合でも、いわゆる寝たきりの患者さんであれば、ほとんどがレンタルの寝巻を契約。プラス、紙おむつ使用であれば洗濯する必要はありません。
寝巻以外にシャツなどの下着を着る場合、自分でできなければ、さりげなく家族が持ち帰るなどしてくれていました。
ところが、今勤務している病棟の場合、こうした家族の支援はまず期待できません。
「支援者がおらず、入院が必要」という患者さんも多い事実を思えば、それはやむを得ない話なのです。

生活の場という意味合いが大きい病棟では、日中は私服への着替えが推奨されています。
つまり、寝巻をレンタルしても、私物の洗濯物は発生する。これをどのようにするのかを決めるのが、入院受け入れ時の鉄則と言えます。
そして、洗濯がきちんとできているかを確認し、できていなければ可能な方法を考える。これは、受け持ち看護師の大事な仕事なのです。
実際に私たちが困りながら対応している例を挙げていきます。

問題1:十分なお金がない

自分で洗濯ができない場合、洗濯物を業者に出して洗って戻してもらうという、外部委託サービスがあります。ただ、これには2つの大きな障壁があり、導人できるとは限りません。障壁の1つ目は、コインランドリーで洗うより高くつくこと。そして2つ目は、出した洗濯物が戻ってくるまでに時間がかかってしまうことです。
精神疾患は若年発症が多く、働けないまま歳を重ねた人がたくさんいます。そのため、経済的に間題を抱える場合が多く、洗濯代の負担もさることながら、衣服の買い足しもままならない。そんな患者さんが多いのです。
そのような患者さんでは、「自分でやります」とおっしゃいますし、まれにしか来ないご家族がそのように申し出る場合もあります。
しかし、結局のところ、ほとんどは実現しません。その場合、やむを得ず受け持ち患者を中心に看護師が支援することになります。
それでも、こちらに委ねてくれればまだいいほう。支援を嫌がって「自分でやる」と言い張り、できていない場合が悲惨です。
生乾きの衣類を引き出しにしまう、洗剤を入れずに洗って汚いまま終わる――などといった事態も日常茶飯事。いずれも、悪臭が室内に漂い、多くの人がつらい目に遭ってしまいます。

患者さんが看護師の支援を受けたくない理由には、妄想的な内容もあれば、ブライドの問題もあります。そこを理解したうえで、本人に任せながらも、必要なところは手を貸す。そんな支援の工夫が必要になります。
私自身は短気なので、とにかく洗う時はスッキリきれいにしたい。できれば任せてほしいのですが、それができるとは限らないのが、難しいところです。

問題2:汚れ物を管理できない

看護師がコインランドリーでの洗濯を支援する場合、経済性を考えれば、ある程度まとめて洗濯したいと考えます。
ところが、汚れ物を袋に入れてベッド周囲に置いておくと、次に行った時には見当たらないなんてこともあるのですよね。袋のままどこかに入っていればいいのですが、これから着るきれいな衣類と混ざっている場合も多く……。見つけた時は途方に暮れてしまいます。

こうした場面でまずしなければいけないのは、きれいな衣類のレスキューです。
汚れ物と混ざって臭いや汚れがあれば洗うし、「ちょっとどうかな」と迷うものは早く着てもらう。そうすればむだな洗濯をせずにすみ、かつ、きれいなものと早く分けられるからです。
仕分けに際して役立つのは自分の鼻。それ以外に頼れるツールはありません。
見ただけで汚れているとわかるものはいいとして、微妙なものは嗅いでみて、臭ったら“汚れ物”として袋に入れます。

このように、汚れ物を近くに置いておくとそうでないものとぐちゃぐちゃにしてしまう患者さんは、意外に多いのですよね。
対策としては、本人が触らない場所に置くようにしたいのですが、簡単には預かれず、対応に苦慮しています。
病棟で預かれない理由は、置き場が限られていることもありますが、本人が拒否すれば預かれないためです。精神科の患者さんは独自のこだわりが強い傾向があり、よかれと思うことがなかなかできないのも、難しい点です。

結局、一番確かなのは、汚れ物が出たらなるべくすぐに洗濯する。これに尽きますね。少ない量で洗濯機を回すのは何とももったいないのですが、せっかく洗ったものと汚れ物を混ぜられることを思えば、これが最善の策と思うほかありません。

問題3:汚れていても気にしない

ここまでは、何とか支援をしながらも洗濯が可能な人の話を書いてきました。しかし、そもそも、清潔・不潔については感じ方に個人差があります。なかには、根本的に洗濯をしたくない患者さんもいて、困り果てる事態も経験してきました。

以前入院していたある男性は、襟元が真っ黒になるまで同じシャツを着続けていました。かろうじて下着は洗っていたようですが、詳細はわかりません。
シャツの洗濯を勧めても、「まだ大丈夫です」と頑な。こちらから見るとまったく大丈夫ではないのですが、何を言っても「暖簾に腕押し」でした。
しかしある日、別のシャツに着替え、襟元はきれいになっていました。着古したシャツで、いつ洗濯されたものかわかりません。ともあれ、私たちは、きれいになってほっとしました。
ところが喜んだのもつかの間、やがてこのシャツもまた前のシャツと同じように、襟元が真っ黒になります。着替えた日から計算すると、男性は、ゆうに半年以上同じシャツを着続けていたようです。
この男性のように、「独特のこだわりから、意思をもって常識的な行動をとらない」というのは、実は、一番支援しにくいバターン。「できない」ならば、手伝えばいいのですが、「やらない」場合はそうはいきません。

衣食住をバランスよく

私の年間の看護師生活のなかで、いわゆる急性期での経験は9年間働いた内科病棟のみ。今いる精神科病院に比べれば、患者さん一人ひとりとのかかわりも短く、今ほどは患者さんの生活を見ていなかったと思います。
管理栄養士の皆さんは、衣食住のうち、圧倒的に「食」にかかわる比重が大きい仕事でしょう。では看護師は?改めて考えると、衣食住をバランスよく支えるのが私たち看護師の仕事なのだと理解しました。
今後は、ますます「衣」を意識しながら、衣食住を見守り、必要な支援を工夫する看護師でありたいと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2024年7月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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