“その人らしさ”を支える特養でのケア
第79回
目標達成に向かうための
3職種による「一体的な取り組み」

前号では、「リハビリテーション(機能訓練)、口腔、栄養の一体的な取り組み」について当施設の現状を伝えました。今回は、実際の取り組み事例を紹介します。

利用者の変化を多職種で追っていく

Mさんは、交通外傷がきっかけで身体機能が低下し、介護サービスが必要となった方です。在宅でサービスを受けながら生活していましたが、食欲不振で入院。その後、十分な食事がとれなくなったことから胃ろう造設となりました。当施設では現在、経管栄養を行いながら少量の経口摂取をしています。

当施設に入居当初のMさんには、生活全般に意欲低下が見られました。前施設からの栄養情報提供書には、「以前は少量の経口摂取を行っていた」という記載がありました。入院中に意欲が低下し拒否があったことや嚥下機能の低下などが見られたため、入居の直前に経口摂取は中止されていたことがわかりました。これらの情報から、当施設に入居した当初は、経管栄養のみで栄養管理を開始しています。
意欲低下があり自発的活動はないものの、Mさんの身体機能は短距離であれば手引き歩行が可能な状態。会話もスムーズで、第一印象は「なぜ経口摂取ができないのだろう」と感じるほどでした。しかし、痰の喀出が多いことから「もしかしたら若干の唾液の誤嚥があるのかもしれない」と多職種で分析しました。

そんなMさんですが、生活を続けるうちに独歩でスタッフステーションまで来たり、経管栄養の処方でかかわっている看護師に「いつからご飯が食べられるの?」と聞いたりと、だんだん様子に変化が現れました。
嘱託医を交えたカンファレンスで情報提供し、その後の対応について検討。入居する前のように一部経口摂取へ移行できるようケアプランの見直しを行いました。嘱託医からは、意欲低下によって離床時間が確保できていないことが問題提起され、経口摂取を再開する前に「離床時間の確保を始める必要がある」との提案がなされました。

目標達成をめざし切れ目のない連携を

さて、リハビリテーション・機能訓練、口腔、栄養の3職種では、それぞれが入居時に評価してからケアを開始しています。Mさんのケースでは、経口摂取の開始に伴い、全身持久力の維持や他者との交流を目的とした「機能訓練」、誤嚥性肺炎などの予防と残存歯の保持を目的とした「口腔ケア」、そして、栄養状態の維持と少量の経口摂取実施のための「栄養管理」を中心にかかわっています。

ケアプラン変更を経て、Mさんの活動を促す取り組みが始まりました。Mさんには以前より便秘の問題があったため、経口摂取だけでなく、便秘対策として「トイレに行く」ことも目標に加わりました。
この目標を達成するため、まずは居住環境を見直すことに。Mさんの部屋から共同スペースに出やすく、トイレにも行きやすいようすく動線を整えました。また、歩行機能の維持としてはもちろんのこと、意欲向上や気分転換も兼ねて、機能訓練指導員による歩行訓練も実施しています。
さらに、介護職員が中心となって、離床が必須である入浴前後を利用してほかのご利用者と一緒に過ごす時間をつくってくれました。これによってMさんは楽しみが増えたようで、日に日に意欲が向上していくのが感じられました。排泄もトイレで行うことが増え、便秘の改善も見られたのです。
経口摂取の再開に向けては、歯科衛生士が中心となって口腔体操を行うほか、Mさんとかかわる際には、何かしら会話をすることで口を動かす機会を増やすよう、全職種で取り組んでいます。

しばらくして、Mさんの意欲が全般的に向上し離床時間が延びたことや痰の喀出頻度が低下したため、嚥下機能評価を実施。その結果を嘱託医に報告すると、経口摂取再開の指示がもらえたため、少量のゼリーから経口摂取を再開することとなりました。
経口摂取では、毎回管理栄養士が見守りを行っています。この時、歯科衛生士をまねて口腔体操を促してから経口摂取をしてもらうようにしています。以前から頻繁に会話を交わしていたので問題なく話せると思っていましたが、実際には、口腔体操のなかで行う「パ・タ・カ・ラ」の発音が苦手であることに気が付きました。
そこで時折、歯科衛生士が実施している口腔体操の様子を見学し、体操の促しや説明方法を私も学びながら、食前の口腔体操を進めています。スケジュールが合えば、歯科衛生士による口腔体操のあと、管理栄養士が経口摂取を見守るという流れでかかわることもできます。また、そのあとも歯科衛生士と一緒に嚥下機能を評価することができます。

Mさんには今でも時々意欲低下が見られ、いつもはスムーズな歩行練習や口腔体操、経口摂取を拒否することがあります。このような場合には無理強いをせず、お休みとしています。3職種は普段、それぞれのスケジュールでかかわっていますので、Mさんのその日の様子を共有し合うことで、介入の足並みを揃えています。

「一体的な取り組み」で効果を引き出す

機能訓練指導員と歩行訓練や上半身の可動域訓練を行い、Mさんは「自分で食べる」ことへの意欲が出て、今ではゼリーの自力摂取が可能となりました。自力摂取となる以前、「自分で食べたい」と希望された頃にはすでに嚥下もスムーズになっており、ひと口量の調整を行えば見守り下で安全に食べられる状況となっていたので自力摂取は円滑に移行しました。
今は、ほかのご利用者とお茶の時間を楽しめるように、共同スペースで食べることに慣れる練習をしているところです。普段と食べる環境が変わるため、姿勢や食事への集中力などは一対一の時とは違う様子のMさんですが、お茶の席に移動するための「歩行」、おいしく食べるための「口腔体操」と「口腔ケア」というように、目標を明確にして取り組まれています。
リハビリテーション・個別機能訓練、口腔、栄養の「一体的な取り組み」にはさまざまな効果が期待されており、そこから、自立支援と重度化防止の効果的なケアにつながると考えられます(表1)。

表1 リハビリテーション・個別機能訓練、口腔、栄養の一体的な取り組みで期待される効果

リハビリテーション・個別機能訓練、栄養管理及び口腔管理の取り組みは一体的に運用されることで、たとえば、

  • リハビリテーション・個別機能訓練の負荷又は活動量に応じて、必要なエネルギー量や栄養素を調整することによる筋力・持久力の向上およびADLの維持・改善
  • 医師、歯科医師等の多職種の連携による摂食嚥下機能の評価により、食事形態・摂取方法の適切な管理、経口摂取の維持等が可能となることによる誤嚥性肺炎の予防及び摂食嚥下障害の改善など、効果的な自立支援・重度化予防につながることが期待される。

厚生労働省老健局老人保健課:リハビリテーション・個別機能訓練、栄養、口腔の実施及び一体的取組について、https://www.mhlw.go.jp/content/001227728.pdf(2024年5月17日)より一部編集

今回のMさんの事例では、一体的な取り組みで意欲やADLの向上につながるいい変化が起こっていて、投与栄養量に大きな変化がないにもかかわらず、栄養状態の改善も伺えました。栄養だけでは足りない部分を多職種で補い合うことで、栄養ケアにもよい結果となったようです。
よく、お風呂上がりに「待ってたよ。のどが渇いているからゼリーを食べたい」と笑顔で希望されるMさん。経口摂取が、専門職の同席するような特別なことではなく日常生活の一部になるよう、これからも取り組んでいきたいと思っています。(『ヘルスケア・レストラン』2024年7月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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