栄養士が知っておくべき薬の知識
第147回
緊急事態に備える必要のある
副腎機能不全と栄養障害

前回に続いてホルモンの分泌異常によって生じる可能性のある栄養障害について紹介します。副腎から分泌される副腎ホルモンは薬としても用いられますが多くても少なくても栄養管理上の大きな問題となるので要注意です。

副腎皮質ホルモンとステロイド

副腎は腎臓の上にある小さな臓器ですが、ヒトにとって重要なホルモンを分泌しています。いわゆる「ステロイド」と呼ばれる副腎皮質ホルモンには、前回紹介したナトリウムの吸収を担い血圧を維持するアルドステロン以外にも性ホルモンやカテコラミンと呼ばれる副腎髄質ホルモンなどがあります。

いわゆる「ステロイド」と呼ばれる副腎皮質ホルモンから分泌されるものにコルチコステロイド(コルチゾール)があります。ステロイドというのは、ステロイド骨格という分子構造を指しています。生体にこの構造をもつ物質はたくさんあるので、厳密には副腎皮質ホルモン=ステロイドではありません。ただ、あまりにもよく副腎皮質ホルモンがステロイドと呼ばれているので、副腎皮質ホルモン=ステロイドと考えるのが一般的になっています。本稿ではそれらと区別するため、以降はコルチゾールとします。

コルチゾールは、当初、関節リウマチ患者に使われて高い治療効果が得られるということで有名になりました。
その後、リウマチの炎症ばかりでなく免疫を抑制する作用があることからさまざまな疾患の治療に用いられています。内服薬や注射薬は、自己免疫疾患や世界中を混乱に陥れたCOVID-19の治療においても重症患者に使われています。一方で副作用も多様なため局所的に用いられています。湿疹やアトピー性皮膚炎などでは軟膏やクリーム剤、喘息では吸入剤などとして用いられ、全身性の副作用が起こらない工夫が施されています。

副腎皮質ホルモンがかかわる疾患

クッシング症候群は、慢性的にコルチゾールが過剰となる状態です。コルチゾールは1日10mg程度分泌されますが、その働きは脳の視床下部から分泌されるCRHや下垂体から分泌されるACTHというホルモンによって厳密に制御されています。ところが副腎そのものに病変があったり、視床下部や下垂体に病変があったりするためにコルチゾール分泌が過剰になってしまうのがクッシング症候群です。特に下垂体自体に病変をもつものをクッシング病と言います。

こうした病変は、自己免疫性や感染症、がんなどさまざまな要因が原因となって生じます。いずれもコルチゾールが通常より過剰な状態が続くため、ステロイド薬を服用している場合と同じ症状が起こります。コルチゾールは栄養素の代謝や合成に重要な役割を担っているため、その影響が出現するのです。
具体的には、糖新生が亢進されてインスリン分泌が抑制されるため糖尿病のリスクが高くなります。さらに糖新生亢進により不足するエネルギーを筋タンパク分解によって補うため、筋肉が減少します。加えて脂肪分解が亢進して脂肪酸とグリセロール(中性脂肪、リン脂質、糖脂質などの構成成分)の産生を促進させる方向に傾きます。

このほかクッシング症候群では電解質の異常も生じます。これらの臨床所見として満月様顔貌や中心性肥満、皮膚の菲薄化や筋力低下を生じます。また体液貯留が起こったり、コルチゾールが脳に働くと不眠やうつ病、認知記憶障害などの精神・神経疾患になってしまったりすることもあります。診断はコルチゾールそのものを測定したり、前述のコルチゾール分泌を司るCRHやACTHなどを測定して、どこに病変があるのかを明らかにし、手術で病変を取り除いたり、放射線療法を行ったりします。

これらの治療でうまくいかない場合、ミトタン(オペプリム®)やメチラボン(メトピロン®)などを使った薬物療法が行われます。またACTHの分泌抑制作用のあるパーキンソン病治療であるカベルゴリンや、さまざまな分泌物の抑制作用のあるソマトスタチン(サンドスタチン®)などが使われるケースもあります。栄養管理をきちんと行っているのになかなか糖尿病が改善しないとか、ウエスト周囲がほかと比較して太過ぎるなどといった場合はクッシング症候群の可能性も考えられます。その場合、専門医への紹介が必要になります。

アジソン病

クッシング症候群に対して、アジソン病はコルチゾール分泌が減ってしまう疾病です。なかには、「コルチゾールが必要な患者です。けがをしたり、重い病気に罹ったったりしたらコルチゾールを投与してください」という副腎不全カードをもっている方もいるかもしれません。これはただでさえコルチゾール分泌が少ないのに、病気によってコルチゾールがさらに消費されて危機的状況に陥るためです。アジソン病の方は、倦怠感や食欲不振、消化器症状を訴えます。したがって、体重減少が著明に見られます。またクッシング症候群と反対に血圧や血糖は低下します。

このほか一次性アジソン病ではコルチゾール分泌を促進するために前述したACTHが強く働きます。ACTH分泌が増えることで、皮膚のメラニン色素が過剰になり日光に当たる皮膚が強い日焼けを起こしたり、口や爪に色素沈着が見られたりします。さらに低ナトリウム血症や高カリウム血症のリスクも高くなります。
小児のアジソン病は先天性の場合が多いとされますが、成人ではがんや結核などの感染症、また自己免疫疾患や薬(麻薬やステロイド、免疫チェックポイント阻害剤など)によって発症するケースも見られ、前述した症状が改善しないといった場合はやはり専門医に診てもらう必要があります。

副腎クリーゼについて

クリーゼは英語でクライシス=危機を意味します。ホルモンの疾患は症状が激しいため、その原因を取り除いたり、薬物療法を行ったりすることが必須となります。しかし、治療中にほかの疾患を発症したり、食事がとれなかったりなどの突発的な出来事によって、ホルモン分泌異常の症状が強く現れる場合があります。副腎クリーゼもその1つです。特にステロイド剤で治療されていて、その薬を急に止めたり、減量したりする時などに発症してしまい重篤な状態に陥るため注意が必要です。このほかにもインフルエンザなども含む感染症や胃腸炎などでステロイド薬の吸収が低下することによっても副腎クリーゼが生じます。

今回紹介したアジソン病など、常にステロイド薬を必要とする方のなかには、副腎クリーゼも経験される方が多いとされます。ステロイドを常に服用している方(満月様顔貌や中心性肥満)の栄養管理をしていて、悪心や嘔吐、体重減少、意識障害などを認めた場合、副腎クリーゼという重篤な状況と考えることが必要になります。副腎クリーゼが起きてしまったら、脱水や低血糖を起こしている可能性を考えて、ブドウ糖を含む生理食塩液とともに速やかにステロイドを注射するといった処置が行われます。
一般病院でもこれらの処置は容易ですが、原因がわからないと治療までに時間を要することから、ステロイド薬(軟膏や吸入剤を除く)の服用を続けられている方は、そのことを告げるカードを常に持参しておく必要があるでしょう。(『ヘルスケア・レストラン』2023年11月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

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