介護業界深読み・裏読み
人材課題の深刻化で
規制改革が「既得権益」を追い越す

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

近年変化しつつある業界団体のパワーバランス

医療・介護業界では、「既得権益」「我田引水」という批判、揶揄がされることがある。官製市場である以上、制度のなかでそのサービス種別や職能・職種がどんな位置づけを得られるかが極めて大きな意味をもつだけに、そのために関係者が力を尽くすことは当たり前のことで、必ずしも否定されるべきものではない。逆に言えばどれだけ改革派を気取っても、医療や介護に関する組織はすべからく関係者の利益を守ることが目的であり、例外なく「既得権益」「我田引水」が本質にある。

その代表はもちろん日本医師会だが、それ以外にもあげればキリがない。いまとなっては当たり前に介護現場で活躍している外国人介護人材について、経済連携協定(EPA)による受入れがスタートしようとしていた頃、日本介護福祉士会から強い反発があり、当時の厚生労働省も決して前向きではなかったため、人員配置基準上就労後半年は「ノーカウント」という扱いになった。財務省周辺から多額の内部留保や高い利益率が指摘され、社会福祉法人への課税論が高まったことに対し、特別養護老人ホームの事業者を中心とする全国老人福祉施設協議会が政治力を総動員して封じた。関係者も不思議がってはいるが、ケアマネジメントの利用者負担導入について、さほど発言力も政治力もない日本介護支援専門員協会がなぜか食い止め続けていることも、事情を聞く限りこうした例に含まれるかもしれない。

介護分野ではこのように度々、業界の老舗団体による制度への介入が見られてきたわけだが、ここ数年特に、その影響力が弱まった様子を目にする。例えば今回の介護報酬改定で、生産性向上に先進的に取り組む特定施設について、人員配置基準の特例的な柔軟化が図られたこと。反対意見が大半を占めた介護給付費分科会の議論だけでなく、関係団体が軒並み懸念を表明したが、結局は導入されたばかりか、特養やデイサービスでも推進を求める声が政府内外で早々にあがっている。背景や詳細は伏せるが、これは官邸主導のトップダウンで踏み込まれた案件と言われており、今後も着実に進められていく見込みだ。

個の利益を「守る」姿勢から課題解決の「攻める」姿勢へ

このような流れのなかで筆者が注目しているのは、4月26日の規制改革推進会議の健康・医療・介護ワーキンググループで俎上にあげられた「介護現場におけるタスク・シフト/シェアの推進について」だ。関係事業者や経済同友会、高齢者住まい事業者団体連合会など、これまでこの件について厚労省が拠り所にしてきた「業界の老舗」以外からヒアリングしたところ、(一定の研修や指導のもとで)介護職に認められる医行為や、「医行為ではない」とされるものの範囲を拡げることを通じて、利用者の不利益や介護職・医療職の負担を解消していくべきだとする意見が相次ぐ結果となった。

この問題については2012年に見直しがされ、喀痰吸引や経管栄養に関するものなど、介護福祉士に認められる医行為が一部解禁されたものの、インスリン注射や摘便、褥瘡の処置等、場合によっては家族が行うケースがあるようなものでも、介護職には認めないという状況が続いていた。
この膠着状態を死守してきたのは言うまでもなく日本看護協会で、前述の見直しをもって「この件については整理済」として、話題にすることさえ許さなかった。昨年9月の介護給付費分科会で、介護人材政策研究会がこのことについて「規制改革案件」として提言した際も、日本看護協会はやはり封殺の動きをとったが、結局、規制改革のテーマにあがることになったのは、その影響力の低下と言わざるを得ないだろう。もちろん、今後この件が6月に決定される規制改革実施計画でどの程度、どのように扱われるのかは見通せないが、大きな前進ということができる。
先に触れた人員配置基準の柔軟化についても同じことが言えるが、政府の問題意識の上で、こうした規制改革が「既得権益」を追い越す日が来たと言うべきだろう。

共通してあるのは、我が国の深刻な「人材課題」だ。いかなる試算をもっても、我が国における生産年齢人口の急減と高齢者の増加を避けることはもはや不可能だ。そのなかで、介護をはじめとする社会保障制度を何とかやりくりしていかなければならないという危機感は、極めて強いものとして政府のなかにある。限られたマンパワーを最大化するための取り組みを、個々の事情と天秤にかけている余裕はもうない。もちろん、大きな組織力をもって押し返すところもあるだろうが、次第に撤退戦の様相を帯びていくだろう。

「現状維持は退歩なり」という言葉がある。繰り返すが、既得権益を守る団体の動きが必ずしも悪いこととは思わない。しかし、これからはその実現のために「攻める」「提案する」ことこそ必要なのではないか。この時代に求められる業界のあり方を、規制改革が進むいまこそ考えたい。(『地域介護経営 介護ビジョン』2024年7月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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