DATAで読み解く今後の方向性 地域医療・介護向上委員会【特別編】
第69回
社会保障制度の持続可能性を再考する④
2024年診療報酬改定はプラス改定で決着したが、財務省主導による医療費抑制政策は今後も進められていくのだろう。複数回にわたり、医療を含む社会保障制度の持続可能性について検討してみたい。
日本の医療体制
その無駄はどこにあるか
2024年度診療報酬改定は最終的にはプラスに落ち着いたが、財務省主導による医療費抑制政策は今後も進められていくだろう。前回に続き、医療を含む社会保障制度の持続可能性を検討したい。今回はデリバリーの観点から、現状と今後の方向性を論じていく。
読者の皆様は、日本は世界一病院が多いことをご存じだろう。日本には8000以上の病院があり、世界2位である米国の6000強を大きく上回る。米国人口は日本の約3倍であり、日本の病院数の多さがよくわかる。
病院だけでなく、病床(ベッド)やCT・MRIなどの高額医療機器も、人口あたりで世界一の水準だ(図1)。他方、医師や看護師は少なく(薬剤師は世界一多いが)、医療資源は分散し、非効率な医療提供体制となっている。コロナ禍で日本は病床数が世界一多いのになぜ「医療崩壊」が起こるのかという議論があった。この背景には、病床以上に病院が多い一方、病院や病床あたりの医師や看護師が少ないため、患者の受入れが難しいという事情があった。
図1 先進国の医療資源の比較
別の問題として、日本では病院が多いために医師1人あたり手術件数が少なく、結果として、医療の質が低下する可能性が問題点として指摘されている。確かに、手術の経験が豊富なほど、手術の成功率は上がりそうであり、学術的にも証明されている。
厚生労働省は、公立病院を中心に病院の統合再編を進め、1病院あたりの医療資源や患者数を充実させて、医療体制の効率化を図ろうとしているが、社会主義を目指す共産党や公務員を支持母体に持つ立憲民主党は、公立病院の再編に反対している。医療の質を尺度として適正な競争環境をつくることが、患者に一番メリットがあると思われるが、困ったものである。
質の高いヘルスケアは「統合」によって実現される
質の高いヘルスケアは、組織や臨床の観点から、さまなざまな「統合」によって実現されるという考え方が世界的な潮流となっている。統合は図2のとおり、組織、臨床、サービス、機能、規範といった様々なスタイルがある。
図2 患者を中心に統合されたヘルスケアシステムのイメージ
「組織的統合」とは、同一の組織に事業体が統合される、文字通りの組織的な統合から、事業提携といった緩やかな統合までいくつかバリエーションがある。組織的統合のメリットは、いわゆる規模の経済(スケールメリット)だ。
ヨーロッパにみられる国主導の公立事業体の組織的統合、米国の民間主導のチェーン化等、国ごとに手法は異なる。近年は、保険者による提供者との統合といったステークホルダー間の統合事例が増えている。また、ヨーロッパを中心に、民間事業者に臨床を含めて業務を委託する事例(PPP、日本の指定管理者制度に近いが、契約の内容が医療の質を含めて厳格に定義されている)が増えている。
「臨床的統合」とは、患者を中心として、シームレスで連続的なケアを提供することだ。予防、診断(ゲートキーパーから専門医へ)、治療、経過観察等を含めた、病態別の患者フロー全体の価値向上を目的としている。
臨床的統合を実現するには、多職種連携に代表されるさまざまな臨床サービスの統合、診療情報や請求情報、さらには生活情報といった各種情報の収集、統合、蓄積、分析等を通じた、施策への反映と実行などのプロセスが欠かせない。
このように、医療機関は、各種統合を通じて、規模・範囲の経済の実現に加え、地域単位のヘルスケアシステムの価値向上に寄与する方向にある。
今回紹介したさまざまな統合を検討するうえで、買収合併のようなスキームを活用して1つの会社となることがオプションとなる。実際、1つの会社となった方が、経営の意志決定がしやすいため、利益分配、医療資源の再配置、新たな設備投資が進めやすい。
ちなみに、日本に多いのは病院だけではない。診療所は約10万、保険者は、大企業が中心の組合健保だけで約1500とかなり多く、統合・集約化で効率的で質の高い運用ができる可能性が高い。
ケアセッティングの徹底的な在宅シフトが必要
日本では、総人口が長期的な減少局面に突入している一方、世界に類を見ない高齢化が進んでいる。高齢化の進展状況は地域ごとに異なり、首都圏を中心とした大都市部では75歳以上人口の大幅な増加が見込まれる一方、すでに高齢者も減少局面にある地域も存在する。高齢化に伴って、疾患構成も変化している。
このような環境下、地域医療構想を通じて、医療体制のあるべき姿が検討されている。ポイントは、ベッド数削減と医療資源の集約化・重点化、在宅医療へのシフトだ。医療を受ける場所を「ケアセッティング」というが、自宅で人生の最期を過ごしたい人の増加、在宅医療供給体制の整備やオンライン診療の普及等に伴い、ケアセッティングが病院から在宅にシフトしている。
すでに病院では、診療報酬の包括化や医療技術の発展による入院日数短縮化でベッド数が過剰になるなか、地域での患者の奪い合いが起きている。患者を獲得できない病院は、経営を持続するために、稼働しているベッド数を減らすか、医療機能の転換(救急や手術をやめてリハビリや介護等を行う)や、他の病院との統合や廃止を検討せざるを得ない状況になっている。
国民の多くが人生の最終段階を自宅で迎えたいと考えていることが明らかになっている一方、入院患者を対象とした調査では、大半が入院治療の継続を希望しており、在宅医療への転換を望む患者が少ないという結果も出ている。その背景には、在宅で医療を受ける事に対する不安、家族の受入れ能力の不足、在宅介護にかかる費用等の課題がある。
次回は別の視点から、社会保障制度の現状と課題、今後の方向性を読み解いていく。(『CLINIC ばんぶう』2024年6月号)
筑波大学医学医療系客員准教授
いしかわ・まさとし●2005年、筑波大学医学専門学群、初期臨床研修を経て08年、KPMGヘルスケアジャパンに参画。12年、同社マネージャー。14年4月より国際医療福祉大学准教授、16年4月から18年3月まで厚生労働省勤務