お世話するココロ
第152回
水中毒をご存じですか?
大量の水を飲むことで引き起こされる水中毒。精神科領域では有名でも、一般にはあまり知られていないようです。今号は命にもかかわる、水中毒についてお話しします。
水中毒とは
精神科を専門とする山梨県立北病院のホームページでは、水中毒について次のように説明されています。
水に魅入られたように一日中飲水にふける、著しい場合には一日に十リットル以上の水をあおるように飲む、このような水をたくさん飲むという症状を多飲症といいます。
そして、著しい多飲症の患者さんでは水分が体内に貯留し、その結果体内の血液が希釈されて低ナトリウム血症となり、頭痛、嘔吐、失禁、意識混濁などの症状が起こります。このような状態を水中毒といい、重症の水中毒では生命に危険がもたらされることもあります。
多飲症に引き続いて起こる水中毒は、精神科医療において、命を脅かす精神症状としてよく知られています。私も慢性期病棟で働くようになってから、日常的に見るようになりました。
成人の1日当たりの必要な水分摂取量はおよそ2l前後。日によって増減があっても、多くの人はだいたいこの範囲に収まっているのではないでしょうか。
多飲症に明確な飲水量の規定はありませんが、1日当たり4lでかなり多すぎ、6lになると致死量とも言われ、水中毒を引き起こし命にかかわってきます。
水中毒を防ぐには、飲水量を制限するしかありません。とはいえ、自由に病棟内を動ける患者さんなら、水道の水は飲み放題。看護師が患者さん一人ひとりの飲水量を正しく把握するのは極めて困難です。
そのため、病院では朝夕で体重を測り、体重差から飲水量を推定する方法がよくとられています。時には朝夕で10kg以上体重が増え、緊急採血で低ナトリウム血症が見つかった患者さんもいました。
多飲症のあとしばしば出るのが、嘔吐。水中毒の場合に起きる嘔吐は、「マーライオンのように吐く」と形容されています。ちょっと不謹慎な表現ですが、マーライオンが水を吐くように、多量の嘔吐が見られるのです。
これがさらに進むと、血液量が増加し心臓に負担がかかって心不全を来す、脳圧が亢進して痙攣を起こす、といった重篤な症状に移行する可能性があります。
多飲症の実際
このように決して看過できない水中毒ですが、そもそもその原因となる多飲症はなぜ起こるのでしょうか。
実は、精神科で使う薬には口渴を引き起こすものが多くあり、飲水量が増える傾向にあります。しかし、それだけですぐに多飲症になるほどの水を飲むかと言えば、そう単純な話ではありません。口渇に加え、不安・幻覚・妄想・強迫観念など精神症状の悪化が関連して、多飲症になる。そんな複雑な例が多いようです。
また、精神薬を長期的に服用すると、視床下部の口渴中枢が刺激され、抗利尿ホルモンの分泌が促されるとの指摘もあります。これにより水分貯留を来すと、多飲症になりやすい傾向になります。
しかし、こうした病態生理は理解できても、実際に見る患者さんの症状は、想像を絶していました。なぜあんなにも水を飲みたがるのか。一気に飲めるのか。見るたび「すごいなあ」と心のなかで驚愕します。
ある多飲症の女性は股関節疾患で寝たきりの状態のため、自ら水を得ることはできません。1日2lまでに制限するよう看護計画を立て、飲み物を提供する時間を決めています。
しかし、女性はその量では満足できません。どうすれば少しでも多く、看護師から飲み物を勝ち取れるか、その企てに知恵を絞ります。
手立ての1つは、薬を飲むこと。イライラや頭痛などの症状を訴えては、頓服薬を飲むための飲み物を要求します。また、食後の内服薬も複数回に分けて飲み、飲水の機会を増やしているのです。
飲水を目的とした頓服薬の服用は、動機を考えると不要とも言え、対応に悩みます。しかし、飲み物だけを提供すれば制限が緩んでしまう……。やむなく、頓服薬を飲んでもらうことが多くなります。
2つ目は、ずばり恫喝。飲み物を飲ませろと看護師を口汚く罵倒し、大声を上げ続けます。病棟じゅうに声はとどろき、根負けする看護師も出てくるのですよね。
命にかかわらない限り、私はたいてい根負け組。気持ちを強く持って、時間が来るまで待たせる同僚を見ては、本来こうあるべきだろうな、と自分が情けなくなったりします。
そして女性は舌なめずりして、全力でゲットした飲み物を一気に飲み干します。一回量はおよそ200~250ml。私なら、とても一気に飲めません。
これを繰り返すこと、1日に10回以上。多い時は3l以上飲んでしまい、ペットボトルの購入費もかなりかかります。
また、尿量もそれに応じてすさまじく、おむつ代の負担も多額に。経済的支援をしている親族の負担は計りしれません。
水中毒の実際
この女性のように、日常的な対応に苦慮する多飲症の患者さんがいる一方で、精神症状の悪化に伴い、出てくる多飲症もあります。こちらは急激に水中毒まで進行する場合があり、要注意と言えるでしょう。
少し前に、ある入院患者さんの幻覚・妄想が悪化し、病室にいられなくなったことがありました。その人は、「水を飲め」「飲まないと殺す」などの幻聴が聞こえ、しまいには洗面台にしがみつき、手酌で水を飲み続けたのです。
この患者さんは低ナトリウム血症があり、このまま飲水が止まらなければ命にかかわる状態でした。やむを得ず保護室に隔離するまで、自分では飲水が止められなかったのです。
洗面台にしがみついて手酌で水を飲む姿は、本当に鬼気迫るものがありました。先の女性が舌なめずりしておいしそうに水を飲む姿とは大違い。飲みたくないのに飲んでいる。そうとしか見えなかったのです。
また、別の患者さんは隠れて飲水をし、ある時廊下でマーライオンのように嘔吐しました。この時、心不全を起こしていて急変も予想されたため、対応できる総合病院に救急車で転送されました。
このように、水中毒は命にかかわる症状であり、私たち精神科の看護師は常にこうしたリスクに備えなければなりません。
具体的な対応としては、精神状態、行動の観察です。おや、と思った時には体重測定をします。水分制限の方法は、緊急性がなければコップを預かり、1日の飲水量を把握する。この程度から始めます。
また、患者さんが個室や2人部屋の場合、病室備え付けの蛇口は、水が出ないようにしています。共同の洗面台やトイレの手洗い場の水は出るのですが、ある程度人目があることで、患者さんは行動を抑制できるようです。
今回は、精神科領域の多飲症と水中毒の実際について述べました。最近では、ダイエット目的に大量の水分をとり、低ナトリウム血症になる例があるとも聞きます。
水中毒は、一歩間違えば命にかかわる症状です。水中毒の怖さがもっと広く知られてほしいものです。(『ヘルスケア・レストラン』2023年5月号)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある