食べることの希望をつなごう
第62回
一筋縄ではいかない食事の調整
患者さんやご利用者の食事調整は、管理栄養士として経験することの1つです。その食事の受け入れがスムーズな方もいれば、何度も調整を要する方もいらっしゃいます。どんな食事がその方にとって適切な食事なのか。毎日考えています。
受け入れが難しい方への食事調整
摂食嚥下障害の原因はさまざまで、食べやすいものや食べにくいものに個人差があります。私がこれまでかかわってきた口腔がんの患者さんは、腫瘍もしくは治療によって、咀嚼に影響が出たり摂食嚥下障害が生じたりする方が多く、一人ひとりに適した食形態に調整する必要がありました。
食形態の調整が適切であれば、メニューによっては家族と同じ食事ができたり外食が可能な方も少なくありませんでした。しかし、食道がんの患者さんは腫瘍による狭窄があると、固形物がまったく食べられなくなることがあります。通過障害があれば咀嚼と嚥下ができたとしても、食形態の調整が必要になります。
私の父は食道がんでしたが、食事にこだわりがあり食形態の調整には大変苦労しました。化学療法で入院となった時は、病院食を食べてくれませんでした。「こんなにごちゃごちゃと、いろんなものを入れなきゃいいのに」「これは味が薄いな」「ご飯のおかずにならない」など、いろいろ文句を言って食べないので、けんかになることもしばしば。それでも、当時は新型コロナウイルス感染症の流行前でしたので、毎日短時間でも面会でき、けんかしつつも会話をし、差し入れをしたり一緒に院内の売店に買い物に行ったりできたことは幸いでした。
食道の狭窄で常食が通りにくくなると、軟らかい食事や流動食に変更となり、父はそれも気に食わず最終手段の栄養剤も「甘すぎる」と飲んでくれませんでした。もともとBMI17㎏/㎡のやせ型であり、食事に対するわがままも顕著だったので、どうにか栄養を入れようと、担当の先生がいろいろな種類の栄養剤を処方してくださいました。
試した栄養剤のなかで唯一飲めたのが「エレンタール®」でした。入院中はゼリーに加工してもらったものを毎食食べ、自宅ではエレンタール®に氷を入れてゆっくり飲んでいました。ほかにも工夫して栄養剤以外も食べていたようで、「退院すれば好きなものをつくって食べられる」と、化学療法で入院するとよく言っていたのを思い出します。
食道がんの患者さんと面談するとそんな父のことを思い出し、「もう少し優しく声をかけてあげればよかった。本人も不安だったろうに」と振り返ることもあります。しかし、やはり患者さんと家族とでは、距離感の違いからなのか、それぞれで接し方が変わってしまうことを実感します。この気づきもとてもいい経験で、自分が患者家族の立場になった経験から、以前よりも患者さんやご家族の切実な気持ちが想像できるようになりました。
父は既往に胃がんによる胃全摘があったため、胃ろうはつくれず経口摂取で頑張っていましたが、飲み込みにくいものは咀嚼して味わうのみにとどめ、飲み込まずに出していました。よく食べていたのはようかんなどの和菓子。飲み物では市販の砂糖入りミルクティーを箱ごとまとめ買いしてストックしておくなど、糖質ばかりとっていた印象があります。
自宅療養に移行してから、本人も家族も残りの時間が長くないことを感じていたため、好きなものを好きな時に食べ、晩酌もしていました。それでも、少しだけ栄養面にも配慮したかったので、本人が納得のうえで、たんぱく質とビタミン・ミネラル補給のONSを飲んでいました。
食事の形に正解はない
「食事はエサとは違うんだ」という父の言葉を以前お話ししました。それこそ子どもの頃から開いてきて、いつも私の心にある言葉です。
食事には郷土料理のような地域性も出ますし嗜好もあるため、「こうでなければならない」という正解はないと考えています。「普通」や「常識」は患者さんには当てはまらない場合も多いのです。パンに栄養ゼリーを挟んで食べるのがお好きだった方、お茶漬けの素をお皿に出し、あられを全部取り除いてから食べていた方、納豆と卵と豆腐だけを食べて過ごしていた方、持参するほど甘いしょうゆがお好きだった方……。本当にさまざまな方がいらっしゃいました。
だからこそ、治療上の最優先事項を他職種と共有したうえで、食事をはじめ栄養素の過不足をできるだけ抑えながら栄養摂取量を調整していくのは、至難の業だと感じています。
入院患者さんは「食べたい時に食べたいものを食べる」という、日常生活ではごく当たり前にできることを制限されてしまいます。そんな患者さんに少しでもおいしく食べてもらうために、嗜好錯誤している管理栄養士の皆さんも多いことでしょう。日々の献立の見直しや行事食の提供といった、給食管理業務も管理栄養士の大切な仕事です。
現在、行事食の調整も担当していますが、食形態の調整が必要な食種だとなかなか献立の展開が難しく、悩ましいところです。それでも、調理業務を行っているスタッフの協力やアイデアのもと、安全でおいしい給食をめざしています。患者さんから感謝の言葉をいただく機会もあり、大変励みになります。
管理栄養士は、患者さんが退院後も安全に食事摂取できるよう、食事療法を継続できるよう、サポートしていくことも大切です。それぞれの状況や状態を考慮して、必要とされている情報を提供し、おいしく幸せに食べられる手助けをしていきたいと考えています。
それを1人で考えていても発想は似たり寄ったりになりがちですし、経験できる症例にも限りがあります。いろいろな職場で活躍する管理栄養士とつながり、さまざまな情報共有ができるといいですね。(『ヘルスケア・レストラン』2023年5月号)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士