“その人らしさ”を支える特養でのケア
第57回
入れ歯と口腔機能の関係性

破損してしまった、入院後の再入所で合わなくなってしまったなど、ご利用者の入れ歯トラブルを経験する管理栄養士は多いのではないでしょうか。そんな時、入れ歯と口腔機能の関係性を知っておくことで、対応の選択肢が広がるかもしれません。

入れ歯の不使用でOさんに思わぬ変化が

Oさんは、重度認知症のあるご利用者です。意思の疎通が困難なことは多いですが、こちらからの問いかけにはうなずいたり、楽しい時はニヤリとしたりして日々を過ごされています。
食事は全介助で、当施設のムース食(日本摂食嚥下リハビリテーション学会下調整食分類2021でコード2-2相当)を召し上がっています。時折、気が散って食事が中断してしまうこともありますが、おおむね問題なく食べることができる方です。

ある日、ケアマネジャーから0さんについて「入れ歯が壊れたがOさんは現在ムース食だし、ご家族も修繕を希望しなかったから、入れ歯は使わずに食べてもらうことにした」と連絡がありました。
確かに、ムース食であれば歯茎や舌で押しつぶして食べられるため、ケアマネジャーからの連絡を了承しました。これまでもOさんのように、入れ歯の不具合(破損、合わなくなった等)をきっかけに、入れ歯を使わずに食事をする方が何人もいたため、あまり疑問を抱かずにいたのです。
実際、入れ歯を使っていなくてもOさんの食事には支障がないように見えました。食形態もムース食から変更する必要性は認められず、食事摂取量にも変化はありません。このような状況から、Oさんの食事は入れ歯がなくてもおおむね問題がないと判断し、経過観察となりました。

Oさんが入れ歯を使わなくなって数カ月経った頃、ミールラウンド後にパートナーの管理栄養士Mさんと情報共有をしていた時のことです。「Oさんって食べるのが遅くなりましたよね!?」とMさんが言うのです。詳しく聞いてみると、その日のミールラウンドでOさんの食事介助にかかわったMさんは「いつもよりOさんの食事の速度がゆっくりである」ことに気がついたのだそうです。
もちろん、ご利用者はどなたでも調子がいい時と悪い時があり、食事のペースも一定ではありません。また献立によって嗜好に合わなかったり、食べにくかったりすることもあり、これらも食事のペースに変化を与える要因になると感じています。

食事のペースがゆっくりになったことは一過性のことかもしれないと思いながらも、Oさんの変化をとらえた私たちは、介護職員にもOさんの普段の様子や以前と変わったと感じることなどを聞き取りました。
すると、食事に時間がかかるようになったこと以外にも、むせる頻度が上がり、口の中にため込んでしまうことがある、などといった食事の様子の変化があることがわかりました。
その時、ふとさんの顔を見た私は、以前に比べてOさんの頬がたるんで下がっていることに気がつきました。
「0さんて、前からこんな感じだったっけ?」。ポツリとつぶやくと、改めてOさんの顔を見た介護職員も「そういえばほっぺた、たるんだ気がする」と同調しました。Oさんの生活は以前と大きく変わっておらず、変化があったとすれば入れ歯を使わなくなったことくらいです。
この状況から、食事の様子が変わったことや顔貌の変化は入れ歯を使わなくなったことが原因かもしれない……。そんな仮説が浮かび上がりました。

以前からご紹介しているとおり、当施設には歯科衛生士が勤務しています。口のことで困った時は歯科衛生士の出番。Oさんのことを歯科衛生士に相談しましたが、入れ歯が壊れているので現状のまま食べるしかない、という結論に至りました。Oさんの変化を踏まえ、食事介助の際にはOさんにちょうどよい一口量とスピードで提供するよう介護職員と情報共有しました。

入れ歯の重要性を再認識する

今回のOさんのケースを受けて、「たとえ歯茎や舌でつぶせる食形態であっても入れ歯を使ったほうがよさそうだ」と感じました。当施設の歯科衛生士も「食形態にかかわらず、なるべく入れ歯は使ったほうがいい」と言います。その理由を教えてもらったので、皆さんと情報共有したいと思います(エビデンスをお示しできなく申し訳ありません。実際に施行する場合は、ご施設の歯科衛生士さん等にご確認ください)。

噛むという行為は脳への血流促進につながるのだそうです。その際、自分の歯で噛んで食べることが最もよく、たとえ入れ歯を使った場合であっても脳への血流促進には役立っているのだそうです。また、自分の歯が残っているほうが認知症の進行を緩慢にするそうで、歯の存在は認知機能の維持にも役立っているようです。
また、たるみができる件について、歯科衛生士からは咀嚼で使っている顔面の筋肉が衰えたことによるものではないか、という回答が。Oさんの場合は、入れ歯がなくしっかり噛めなくなったことが、たるみの原因と考えられました。さらに、筋力の低下によって口腔機能が低下することも想像でき、悪循環になっていると感じました。ちなみに、高齢者ではなくても食べる時はよく噛まないとたるんでくるそうです(美容のためにも、よく噛まなければ……)。

歯科衛生士は「自分の歯がなくなったら、期間を置かずに入れ歯を使うようにしないと、どんどん歯茎がやせてしまう」と言います。これは、入れ歯を使っていた場合でも同様のようで、振り返ってみると今まで入れ歯を使用していたのに、入院などで使わない期間があると歯茎がやせ、退院した時には入れ歯が合わなくなってしまうというケースがたびたびありました。Oさんの出来事をきっかけに、「絶食だったとしても、入院中も入れ歯を使ってもらえるといいよね」というのが、歯科衛生士との共通認識となっています。

Oさんの入れ歯が破損した時、ご家族に入れ歯を使うメリットをうまく伝えることができていれば、Oさんの口腔機能はもう少し保たれていたかもしれない、と反省。もちろん、ご本人やご家族の意向が重要なので必ずしもうまくいくわけではありません。しかし、今回の経験をきっかけに、入れ歯の重要性を多職種で共有することでご家族の選択肢も広がり、よりよいケアにつながるのではないかと気持ちを新たにしています。(『ヘルスケア・レストラン』2022年9月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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