食べることの希望をつなごう
第50回
おいしい嚥下調整食をめざして

昨今、高齢患者の増加に伴い摂食嚥下障害を呈する患者さんは増えています。これは嚥下調整食を必要とする患者さんが増えていることと同義であり、嚥下調整食の課題解消に頭を悩ませる管理栄養士は少なくないのではないでしょうか。嚥下調整食の課題とともに、おいしさについても考えてみたいと思います。

嚥下調整食に思うこと

病院の管理栄養士の業務は、主に栄養管理と給食管理です。患者さんの栄養状態を把握して状態に適した栄養療法を実施し、退院後も安心して生活が送れるよう、栄相談などでサポートします。また、病院食の献立を作成するのも私たち管理栄養士です。限られた予算や人員、大量に調理することに配慮した献立に頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか(少なくとも私は四苦八苦しています)。おいしく食べていただくため、味や季節感、品数、量、彩り、温度、料理の組み合わせに配慮し、食材の重なりがないか確認し……。一般食でも大変なのに、栄養価や食形態、量に配慮が必要な特別治療食となるとさらに大変になります。そこで今回は、おいしい嚥下調整食について改めて考えてみました。

何らかの原因で食べ物がうまく噛めなくなったり飲み込みにくくなったりする摂食嚥下障害の患者さんは、食形態の調整が必要となることがほとんどです。必ずしもすべてミキサーにかけなければいけないわけではないのですが、嚥下調整食=ミキサーにかけた食事、というイメージをおもちのスタッフや患者さんが多いようです。さらに、食べたことがないのに、ミキサーにかけた食事はおいしくないという思い込み(食べず嫌い?)があり、敬遠されがちということも、日常的にご経験があるのではないでしょうか。

嚥下調整食は、その方の摂食嚥下機能に合わせた食事なため、素材の選び方や調理法によって、普通のメニューでも食べやすいものはたくさんあり、咀嚼の問題なのか、嚥下の問題なのかでも食形態の調整の仕方は変わってきます。ご存じのとおり、出来上がった料理をミキサーにかけただけでは飲み込みやすくならない場合もあり、各施設でもさまざまな工夫をしていることと思います。そしてせっかくミキサーを使うなら、できるだけおいしく、栄養価の高い料理に仕上げたいものです。

嚥下調整食の安全性と単調さ

嚥下調整食の課題の1つに、見た目が挙げられます。日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食学会分類2021(学会分類2021)のコード2−1のように、均質であることが求められる場合、見た目はどうしても単調になりがちです。盛り付けの技術である程度カバーはできますが、形態調整をしていない食事とはやはり大きく違うでしょう。茶色や薄橙色の肉や魚のペーストに、鮮やかなグリーンの葉物のソースや、つやのあるオイルなどで模様を描くだけで格段においしそうに見えるのですが、食数によっては手がかけられないことも考えられます。また、透明なグラスに層になるよう異なる食材のペーストを重ねていけばとてもおいしそうに見えますが、配膳車を使用する場合、食器の高さや安定性に制限が出ますし、食器洗浄機の使用や食器自体の耐久性などを考慮するとなかなか難しい点があります。

課題の2つ目として、食感が挙げられます。特に学会分類2021のコード2−1のような均質なペースト状の食事は、食べ始めから食べ終わりまでずっと同じ食感なので飽きると言われます。患者さんにとって安全な形態ではあるのですが、すべて同様に調整されているということは食感の違いを楽しめません。

課題の3つ目として、音が挙げられます。おせんべいの「バリバリ」、生野菜の「シャキシャキ」、揚げ物の「ザクザク」など、食事をしている時は骨に響くような音に溢れています。その点も学会分類2021のコード2-1のような均質の食事を食べている方には難しいところです。最近は、食べ物を食べる人物の表情や口元の映像などの視覚的要素と、食べ物を噛み砕いたり頬張ったりする音などの聴覚的要素が組み合わされた「咀嚼音ASMR」という動画も人気だそうで、食欲と音にも関係がありそうです。

以上の点から、嚥下調整食には、安全であるがゆえの単調さから食欲低下を招くことが少なくありません。そこで、本当に食べられないのか、どのような食形態の食事をどのように食べれば安全であるのか、評価と再評価がとても重要になります。摂食嚥下機能は経過によって改善することがあるので、定期的な再評価が食形態の変更を可能にするかもしれません。安全に食べられる形態の詳細がわかっていれば、違う食感の料理を組み合わせて提供できます。当院では、どのような形態のものが、どのような姿勢で、どのような食具で、どのくらいの量だったら安全に食べられるのか、少しでも経口摂取できるよう詳細な検査をしています。

“おいしい嚥下調整食”とは何か

食事の役割は栄養補給だけではありません。おいしいもので食欲と味覚を満足させるという役割もあります。また、複数人で一緒に食事をすることがコミュニケーションツールにもなります。見た目がすべて同じペースト状でも、食感が単調でメリハリがなくても、誰かと一緒に食事をすることが生活リズムを整え、楽しみや励みにつながることがあるかもしれません。

個人的な話になりますが、食道がんの父を家で看取った際、食欲低下と飲み込みづらさで「入っていかない」と、父はほとんど食事をとれていませんでした。飲み込めないので口に入れて味わっては出していましたが、それでも最後まで家族と食卓を囲んでいました。摂食嚥下障害患者がわずかでも経口摂取できることは、介護者の精神的負担と社会的孤立を軽減するという論文1)があるように、家族で最後まで食卓を囲んだことはとてもよかったと実感しています。最後まで家族皆に笑顔がありました。また、嚥下機能と活動状況や外出頼度、離床時間、QOLとの間には関連性があることも指摘されています。し、社会とのつながりをもつことが嚥下障害患者のリハビリに有効である可能性も指摘されています2)。嚥下調整食を提供するレストランも増えてきており、外食に行くのもいいかもしれません。

栄養価や食形態、味や彩り、香り、盛り付け、温度など、おいし下調整食の提供のために配慮できる点は数多くあります。それに加え、何を食べるか、どれだけ食べるか、治療の段階、嗜好や信仰、患者さんやご家族の思いなど、患者さんを取り巻くさまざまな要素も含め、少しでも食事を楽しんでいただけるようサポートしたいと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2022年5月号)

参考文献

1) Caregivers’ Perspectives on the Slight Recovery of Oral Intake of Home-Dwelling Patients Living With a Percutaneous Endoscopic Gastrostomy Tube: A Qualitative Study Using Focus Group Interviews Hiroko Mori, et al. Nutr Clin Pract. 2019 Apr;34 (2):272-279
2) Higher Activity and Quality of Life Correlates with Swallowing Function In Older Adults with Low Activities of Daily Living Miki Ishii et al. Gerontology. 2021 Sep 28;1-9

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

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