デジタルヘルスの今と可能性
第53回
診療所のDXについて考える

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。今回は、昨今一般社会でも認知度が上がったDX(デジタルトランスフォーメーション)について、診療所での展望を考えていく。

より高まりつつあるデジタルヘルスへの関心

デジタルヘルスの動きが、最近さらに加速しているように感じる。シャープ株式会社の新CEOも、デジタルヘルス分野を新たな軸とする旨の発言をしていたほか、何よりオンライン診療の認知度が一般人に広がってきている。
今まで医療・ヘルスケア領域にかかわりのなかったビジネスの著名人が、「オンライン診療ができるようになった」と、ビジネスアイデアを考えているなど、医療関係者ではない人や医療周辺企業ではない企業が、一気にデジタルへルスに参入してきているようだ。

このようにデジタルヘルスの製品やサービスを開発しようとする人や企業が増えれば、すそ野が広がり、さらに良いサービスが生まれてくるはずだ。私自身もこのデジタルヘルスの波を、開発側だけでなく活用する側にもなりたいということで、今年4月に診療所を開院した。
ゼロから自分で図面を引き、患者さんの導線を考え、予約~会計、次回来院までのコミュニケーションまであますことなくデジタルを活用している。今回の開院に関連して、DX(デジタルトランスフォーメーション)について聞かれることが多かったので、本稿ではそれを共有していきたい。

DXの定義と前段階にあたる2つのデジタル化の過程

そもそもDXとは何か。WEB上ではさまざまなことが書かれているが、経済産業省が公開している「DX推進ガイドライン」から引用すると、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」らしい。
簡単に言えば、「デジタルを活用して、顧客のニーズをもとに業務などを変革し、業界内の他企業よりも高いレベルである状態をつくること」だろうか。自分としてはざっくり、「デジタルを活用して他よりも良い・新しい状態に変わること」と思っている。ただ、これもいきなりDXとなるわけではない。その前に2つの過程が必要だ。

まず1つは、「デジタイゼーション(Digitization)」だ。リアルのものをデジタル化することであり、たとえば、紙文書を電子化したりすれば、量が増えても保管場所に困らない。一部分をデジタルに置き換える過程のことだ。

2つ目は、「デジタライゼーション(Digitalization)」である。これは、デジタル化により業務のやり方が変わって効率化が進むことであり、たとえば、共有ファイルサービスでやり取りをすることで、手渡しで書類を渡さなくてもよくなったことなどだ。「IT化」とも言われる。

DXは、これらを活用のうえでの変革だということを理解してもらいたい。前述の2つは、既存の対象のデジタル化やデジタル化による自動化などのことだが、DXは根本的な部分へのアプローチで、デジタルの活用によって対象のそもそもの状態を変えてしまうこと(トランスフォーメーション)なのである。

DXの推進で診療所の伸びしろはまだまだ増える

一つ例を挙げよう。私が今回開院した診療所は、待合室の座席数が極端に少ない。診察室7室、処置室4室のほかに手術室もあるが、受付部分と合わせて待合の座席は28席だけだ。
そこへきっちり一人ひとりが座るとも思っていないため、実際に座れるのは14人ほどと想定している。おそらく、既存の診療所と比べると半分くらいではないかと考えている。

本連載でも再三話してきたように、対面診療とオンライン診療の質の差はまだまだあるが、利用に関してはこの先数年で肩を並べるくらいになっていくだろうと予想している。患者さんは待合室で待つだけではなく、オンライン診療では自宅や職場が待合の代わりとなる。
さらに、対面診療でも、診察の順番が来るまで院外にいてもらっても構わない。順番が回って来た際に院内にいることが大事なだけだ。こうしたことも、デジタルで対応できる。

先日、厚生労働省の「薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキンググループ」でのDX推進の検討に、有識者として登壇した。薬局薬剤師のDXとしては、「薬剤師が自身の自宅から患者の遠隔服薬指導を行う」ことも議論されている。
医師や看護師が自宅から医療提供する形も未来としては必ず考えられているだろうし、当院では、受付スタッフなしで診療所が回らないかも実験し始めている。

いずれにしても、デジタルを活用することで、今までの診療所では「常識」とされていたことを、大きく変えることができる。私は今まで製品・サービスの開発をしていただけだったが、それを最大限自院に活用できる立場になって、とても充実した日々を送っている。診療所には「変革」の伸びしろがたくさんある、そう実感している。(『CLINIC ばんぶう』2022年5月号)

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室/東京医科歯科大臨床准教授/デジタルハリウッド大学大学院客員教授/千葉大学客員准教授)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

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