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“失われた30年”は真実か
SDGsの視点から世界を正しく見る
「風聞は果たして真実なのか」
経営判断を誤らないためには思い込みにとらわれず常に世の常識を疑う姿勢が必要
成長を遂げなかった30年間
第二次世界大戦が1945年に終了し、復興を遂げた50年代から70年代までは高度成長期で経済成長率が平均10%近く伸びた。当時は今の中国よりも高い伸びを記録し続けていた。
その後の80年代の成長率は4%台と鈍化するものの、地価が上昇し、東京23区の土地価格で当時のアメリカ全土が買えると言われるほど上がった。併せて株価も急上昇し、日経平均の過去最高値はいまだ1989年に記録した値を超えていない。
しかし、バブルが崩壊してから、絶対に潰れることがないと思われていた銀行や証券会社が次々に倒産。90年代以降の経済成長率は1%程度となり、失われた10年と言われていたものが、20年へと延び、30年経った今も状況は大きく変わっていない。
一見すると日本が急転落してきたように思えるこの30年間にどんなことが起こったのか、本当に“ヒドイ国”になってしまったのだろうか。無限の視点があるが、今回は昨今注目されているSDGsの17の視点からいくつかピックアップした統計をみていく。
まず、人口は2000年代初頭に頭打ちになり、その後、減少をはじめ、現在は90年よりもやや多いといった状況である。人口がほとんど横ばいであるが、1人当たりGDPがほとんど伸びていないため(1.6倍)、この間の経済成長が鈍化してしまっている(図表1)。同期間で米国は2.8倍、ドイツは2.5倍、中国は34倍、インドは5.8倍も成長しているため、他国と比較するとより日本の成長の鈍さが際立つ。
では、その30年間でSDGsのその他の指標はどうだったのか。
すべての人に健康と福祉を
健康や福祉の視点では、平均寿命が男性は1990年当時の75.92歳から2020年は81.64歳へ、同様に女性は81.90歳から87.74歳と延び、男性は世界2位、女性は1位となっている。
健康寿命についても延びており、男性が01年の69.4歳から16年は72.14歳へ、女性は72.65歳から74.79歳と、男女ともに70歳以上まで健康にいられるようになった。
もう一つ、この領域に関する指標として、乳幼児死亡率がある。社会のなかで最も力のない子どもが、どのくらい生存できるかということは、その国の経済力だけでなく食生活や衛生環境、医療環境などが総合的に良くなっていることを表すとされている。1990年にはすでに出生1000人に対して4.6と戦後急激に低下した後であるが、19年では1.9とさらに半減している。
一方、教育の視点でみると、高等教育機関(大学・短期大学、高等専門学校および専門学校)への進学率は83.5%であり、90年当時は53%であったので大きく伸びている。
ジェンダー平等を実現しよう
男女間格差については、直近の2021年のデータを比較すると156カ国中120位とかなり低いランクとなっている。これは世界経済フォーラム(WEF)が発表する世界男女格差報告による指標で、労働力比率や勤労所得比、教育進学率などから構成される指標である。自国の推移でみても06年の0.645から19年の0.652と伸びは低い。さらに言うと15年以降では低下傾向にある(図表2参照)。
人や国の不平等をなくそう
頑張る人が高所得になり報われる社会の何が悪いのか、という意見もあるだろう。しかし、社会全体でみると、格差が大きいほど社会問題が悪化し、富裕層の生活水準も悪化することがわかっている。
社会の平等さを測る指標としては、所得の不平等を図るジニ係数がある。
1990年は0.43であったが、2017年は0.56と不平等さが広がる結果となっている。ただし、社会保険料や税金などで所得を再分配したジニ係数でみると、0.36から0.37とあまり変わっていない。高所得者の所得がうまく分配できているとも言えよう。
気候変動に具体的な対策を
先述のように人口自体が減っているので、国全体の温室効果ガス排出量については、1990年の12億7400万トン(CO2換算)から2019年12億1300万トンへと減少している。
人口1人当たりについても10.3トンから、9.6トンへ減少している。一方で、急速に経済拡大している中国やインドが温室効果ガスを劇的に増やしていると言われるが、人口当たりにすると中国は3.9トン、インドは1.1トンと現在の日本よりも大幅に少ない。
最後に、SDGsの特定の指標に分類しにくいが、2つの指標を取り上げる。
一つが自殺率である。1990年は17%程度だったものが、90年後半から2010年ごろまでは25%を超えていた。ただし、20年では16.7%と改善してきている。それでも年間の交通事故による死者数2839人(20年)よりも圧倒的に多い2万1081人であった。
また、これまで取り上げた平均健康寿命や1人当たりGDP、個々人の寛容度などから構成される、国連の世界幸福度レポートが発表する幸福度指数についてはどうだろうか。
19年は5.8で他国比較では58位と低くなっている。12年は6.06であったので経年変化でも若干低下している。
今回取り上げた指標には水の安全や、住みやすい街などといった視点は除いているが、実際の変化をみてどのように感じただろうか。経済的には成長していないとされる期間であるが、改善している指標もあり、どうしても他国比較をすると成長率やランキングは下がる傾向にあるが、それでも良くなっている分野があるのは間違いない。一概に“失われた時期”ではなかったのかもしれない。(『月刊医療経営士』2021年10月号)
※本稿の内容は「FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」ハンス・ロスリング(日経BP)を参考に執筆した。
(特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長)