書籍『開業する医者の9割が知らないクリニック経営で本当に大切なこと』発刊記念インタビュー
厳しい時代を勝ち抜くために知っておく必要がある
診療所経営で本当に大切なこと
2022年度診療報酬改定を契機に、外来医療をめぐる経営環境は大きく変わっていく。厳しい時代を乗り切るために、診療所経営では何が問われているのだろうか。『開業する医者の9割が知らないクリニック経営で本当に大切なこと』(日本医療企画刊)を上梓した、医療法人hi-mex耳鼻咽喉科サージクリニック老木医院(大阪府和泉市)の老木浩之理事長に尋ねた。
プライマリ・ケアは難しい
他院に信頼される専門性が必須
――リフィル処方箋やオンライン診療など、2022年度診療報酬改定は外来医療のあり方を大きく変える内容になりました。開業医を取り巻く経営環境、マーケットは今後どのように推移すると考えていますか。
老木 人口減少にともなう患者減と診療報酬の減額、さらには人件費の高騰などによって、倒産・廃業する中小病院や診療所は増えると考えています。なかでも厳しくなるのは、「広く浅く何でも診る」というプライマリ・ケアの領域です。
この分野は「かかりつけ医制度」の導入によって、構造上、参入制限が避けられないばかりか、かかりつけ医になったとしても安泰ではなく、早晩、AIに代替される可能性が十分にあります。AIによるプライマリ・ケアの実験はかなり進められていて、今の開業医のレベルの診断能力を凌駕するのは、時間の問題と言えます。
また、コロナ禍で、医療機関を受診せずに、薬局等でOTC薬を購入して済ませるようになるなど、受診行動の変化も起きました。OTCで十分と感じた患者さんを中心に、医療機関離れが進むと考えます。
よって、これからはその開業医を受診するだけの価値がある専門性を発揮できるか、あるいは対象を絞ってニッチな領域を攻めるか、患者さんから選択されるための特徴を打ち出す戦略が求められます。
――専門性というと急性期病院がイメージされますが、開業医における専門性とは何ですか。
老木 一昔前と比べてマンパワーが不足しているうえ、医師の働き方改革が進められていることもあり、大学病院でも専門性は今後、かなり絞られてくるでしょう。耳鼻咽喉科領域でいうと、がん治療や高度な人工内耳などの高度先進医療については担っていくものの、それら以外の専門性については、積極的に地域の医療機関に任さざるを得なくなるはずです。
たとえば、アレルギー性鼻炎については、診療圏内にある専門性を持つ開業医に患者さんを紹介するというようなことが起こります。従来、開業医から病院への一方通行であった「紹介」ですが、従前の逆紹介とは違った、病院から開業医への本当の意味での紹介が当たり前のことになるでしょう。今後は、開業医がそんな受け皿になるための専門性を備えることと、得意分野の開示と紹介のネットワークづくりをしていくことが重要になります。
また、政策的に「かかりつけ医」制度を推進しようとの動きがありますが、これが定着すると専門性を持つ開業医への紹介件数は増えていきます。
もちろん、専門性を発揮する以上はそれなりの設備も必要になります。簡単に真似のできない医療が、開業医の専門性の要件になります。薬を処方する、注射を打つだけというものは厳しいです。
患者視点からも専門性は重要です。少しでも質の高い医療を受けたいという患者さんのニーズは増えており、アドヒアランスも高まっています。この傾向はコロナ禍で加速しており、近くかどうかよりも自分が納得できる医療を受けられる医療機関かどうか、WEB検索などでじっくり比較検討してから受診するようになっています。
こうした患者さんのニーズに応えることができた医療機関はコロナ禍でも、患者減を最小限に抑えることができていました。
自分が得意で患者も見込める
「ウリ」をきちんと打ち出せ
――開業医の場合、マネジメントやマーケティングがクローズアップされる一方、「臨床力」については軽視されがちですが、患者さんに選ばれるためには、やはり質の高い医療を目指すことが求められるということですね。
老木 もちろん、経営力の強化が非常に重要ですが、「臨床力」は大前提になるということです。この点を忘れている開業医は少なくないと感じます。
「臨床力」というと抽象的になりますが、私は「少なくとも1つ以上の疾患や症候に対処できる揺るぎない自信・確信を持っていること」と定義しています。この自信は同業の医師にも通用するものでなくてはなりません。その自信が患者さんの納得感や安心感につながります。
一方、開業コンサルタントのほとんどは経営を軌道に乗せるためには「とにかく場所が大事です」と言います。
なぜ場所ばかりにこだわるのか。医師に対して診療のスキルについては言いにくいため、場所としか言えないのです。しかし、「場所が大事」と刷り込まれてしまった開業医は、何を患者さんや他院から選ばれるための「ウリ(臨床力)」にするかという意識が薄れてしまっています。
ラーメン店でも、美味しければ場所が遠くても、お客さんは車を飛ばして行きます。診療所も同じで、場所は大事ですが、一番大事なのは医療のウリです。
ウリについては経験、知識、技能などに基づいて、各人が考えるしかありませんが、患者数が見込めるものである必要があります。
大学病院でも年間数例という症例について高い専門性を持っていても診療所の経営は成り立ちません。自院のウリに関しては開業後も考え続けることが大切です。
ちなみに当院のウリは短期滞在手術です。開業時にも、他の耳鼻咽喉科診療所の4倍ぐらいの設備投資をしました。
――今後の戦略として専門性以外について、ニッチな領域を担うという話もありましたが、これはどのようなものを指しますか。
老木 救急専門の医療とか、午後7時に開院して朝まで診療時間を設けているとか、対象や時間を限定した領域です。また、今後財政が厳しくなり、保険診療の縮小は避けられないと思うので、自費でのワンコイン医療などが成立するかもしれません。
あるいは5万円で1日3人しか診療しないという方法も出てくるかもしれません。それも医療機関が生き残る道の一つだと思います。
開業医の成否を分けるのは
臨床力とコミュニケーション力
――「臨床力」についての指摘がありましたが、患者さんは診療所を「待ち時間が短い」「医師が優しい」「スタッフが丁寧」などと臨床力以外で評価する傾向があります。この点についてはどう考えていますか。
老木 確かに患者さんの視点からは臨床力が見えるわけではないので、口コミサイトなどでの診療所の評判を見ると、「優しい」「話を聞いてもらえる」「受付の感じがいい」など、臨床以外に関するものが上位に来ているのは事実です。
これらは医療以外のことも、手を抜かずに真剣に取り組まなければならないということであり、「臨床力」を軽視していいとはなりません。
さらに言うと、患者さんに安心感と納得感を持っていただくためのコミュニケーション力も、医師の臨床力のひとつだと思います。
安心感と納得感を持てば「この先生に任せよう」という信頼感を持つようになりますが、医師と患者さんとの間に信頼関係ができると治療成績も上がるのです。それが満足度につながります。
医師は独りよがりの動物なので、アンケート調査などで患者さんの感じ方などを把握して、自分の医療を客観視することも大切です。私もアンケート結果から多くのことを学びました。
臨床力とコミュニケーション力は開業医にとっても最も重要なスキルであり、この2つがない場合は、開業をしないほうがいいと考えています。
コンサルタント任せでは
「無難」から脱却できない
――開業すると病院勤務医時代違って、医療への情熱・興味を喪失しがちとよく聞きます。情熱を失わず、高いモチベーションで事業を継続させていくには何が必要でしょうか。
老木 開業すると毎日同じことを淡々とやっているという一面はありますが、それ以上に自分が今まで提供してきた医療にかかわるリソースがもの凄く減って、提供できる医療が制限されてしまうのです。自分が専門とする領域の患者さんも来ません。
しかし、そうなることは開業する前にわかっていることで、開業後の現実について覚悟を決めて考えておかなければなりません。しっかりと考えずに青息吐息で開業してしまうので、借金を返済したら安心しきって、医療がつまらなくなってしまうのです。
毎日の診療がマンネリ化していくと、開業医の関心の対象は大きく2つに分かれます。医師会活動に走るか、自分の趣味に走るか、いずれかです。
医療は金を稼ぐ手段でしかなくなり、医療への情熱を失ってしまう開業医は山ほどいます。これは「医療をあきらめている」状態であり、もったいない。
私は開業して20年経ちますが、最も楽しいことは医療で、そういう気持ちで取り組めるような体制をつくることが大切です。
医療が純然たる経済活動になるのには反対ですが、「医は仁術」の極端な解釈も見直す時代になっています。わが国では対価を求めず、身を粉にして働く赤ひげ的な医師が美徳化されすぎています。
医師が、従来の「仁」にありがちな経済原則無視と自虐的な働き方から解放されることが、医療の質や安全性の向上、さらには診療所の経営の継続性の確保につながると信じています。
――今回、『開業医の9割が知らないクリニック経営で本当に大切なこと』という書籍を上梓されました。センセーショナルなタイトルがついていますが、端的に言って、本当に大切なこととは何でしょうか。
老木 医師が品格と矜持をもって真摯に医療に取り組み続けることです。これが医師を幸せにする道だと信じています。
そして、経営では人事も含めて経営者としての覚悟をもって運営することが大切だと考えています。
開業コンサルタント任せで開業している開業医もいますが、その結果、「診療所の経営は場所がすべてだ」「共同購買のほうが安い」など、ミスリードされ続けている人が少なくありません。
多くの医師がコンサルタントの話を盲目的に信用していますが、現実は説明どおりではありません。余談ですが、どの分野でもコンサルタントは、過去の成功した事例をもとに考えます。
そのため、彼らのアドバイス通りに診療所をつくると、どこかで見たことのある「特徴のない」「無難なもの」になってしまいます。これでは差別化は望めません。
――新刊では貴院の事務職や看護師も執筆しています。スタッフ育成も順調のようですね。
老木 当院のスタッフはいろいろなテーマに取り組めるように育っていて、スタッフ全員に対して執筆者を募集しました。
普通の開業医なら診療時間イコール仕事時間ですが、それではスタッフは育ちません。コミュニケーションスキルやコンセプチュアルスキルを修得するには、診療時間以外の仕事時間が絶対に必要です。
当院は診療時間以外にも、手間とお金をかけていろいろな仕事に取り組み、院外の研修にも積極的に参加させています。研修への参加費用はもちろん負担し、さらに院外研修への参加回数に応じて、金一封を贈呈する表彰制度も設けています。
私は当院を、スタッフの成長意欲や人の役に立ちたいという意欲を満たせる職場にしたいと考えています。それが職場の強みにつながるのです。
――最後に、開業医に対するメッセージをいただけますか。
老木 本書では、診療の軸となる医療のつくり方から、業者の見極めや職員採用、広告戦略、院内マニュアルのつくり方、職員との関係構築、分院展開・拡大戦略など実体験をもとに解説させていただきました。
失敗も経験しながら培ってきたものであり、具体的なハウツー的な内容もありますので、ぜひできるものから実践に移していただきたい。
医師には、他人の意見を素直に受け入れないという傾向がありますが、素直に読んでいただきたいと思います。
おいき・ひろゆき●1983年、近畿大学医学部卒業。神戸市立中央市民病院副医長、近畿大学付属病院耳鼻咽喉科講師、医療法人生長会府中病院部長を経て、2001年、耳鼻咽喉科サージクリニック老木医院を開業。現在、大阪府和泉市で3つの耳鼻咽喉科診療所を展開。本院は、日帰り・数日の短期入院手術を行っている、耳鼻科の短期滞在手術専門施設。高い技術を持つ5人の常勤医師が在籍し、年間400件以上の手術実績を有する。
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●著者:老木浩之(医療法人hi-mex理事長)
●体裁:A5判・並製、304ページ
●発行:日本医療企画
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*病院経営部門(2022/4/9)