“その人らしさ”を支える特養でのケア
第46回
食べたい気持ちと嚥下機能との乖離
この課題にどう向き合うのか
~たくさん食べたいAさんのケース~

以前、本連載で紹介した、食べることへの意欲が高いAさんですが、体重減少や嚥下機能の低下などから看取りケアへ移行することになりました。しかし、看取りケア移行後も食欲は旺盛であり、安全性を加味したうえでどのようにAさんの希望を叶えるかが、課題となりました。

“食いしん坊”なのに減少していく体重

2020年6月号で紹介した「おなかが空いてたくさん食べたいAさん」はその後も、食事をもりもり召し上がりお元気に過ごされていました。配膳されると一心不乱に勢いよく召し上がるため、Aさんの配膳順は最後。お膳を置いてそのまま介護職員が見守りにつくというルールもでき、かかわる職員の間でAさんは、“食いしん坊”に認定されていました。

しかし、困ったことにAさんの体重はどんどん減っていきます。対応変更してもやせていくAさんに対し、「あんなに食べているのに、うらやましいくらいやせるねぇ」と不謹慎にも誰かがつぶやきました。そんな一言に思わず頷いてしまうくらい困っていましたが、さらに嚥下機能が低下し、Aさんは食べたいけれど食べられないという状況になりました。
普段経験している事例だと、嚥下機能の低下に伴って食欲も低下し食事摂取量が低下するケースがほとんどですが、Aさんは「まだまだ食べたい」と食欲旺盛です。当時、自力摂取だったAさんに、一口量をコントロールしようと小さめのスプーンを手渡すと、始めは少しずつ食べていたのですが突然お茶碗を持って、ムース粥をずるずると飲み始めました。びっくりしてAさんの動作を押さえてしまいましたが、介護職員からは「最近、直接飲んじゃうことが増えている」との情報が。「がつがつ食べたいみたい」と半ばあきれたように話してくれました。

その当時のAさんは食べ始めるとすぐに、ゴロゴロとした呼吸音になってしまいます。また、お話が好きなAさんは食事中も会話が止まらず、ガラガラうがいをしているような状態で話し続けていることもありました。食事介助をしてみても、介助者に「少ないわ。もっとちょうだい!」とガラガラした声で訴えています。

嚥下機能が低下するなかどうやって希望を叶えるのか

食形態の変更や介助方法の変更など思いつくものをさまざま試しましたが、Aさんの状況は改善しません。大きく呼吸状態が悪くなることはないものの、いつ窒息してもおかしくない状況であると判断され、食事の前後と必要があれば食事中でも看護師が吸引を実施することになりました。吸引を受けつつ食事をするAさんの旺盛な食欲は低下することなく経過しました。

カンファレンスにて、一口の食材を何度嚥下しても残留が改善されないことから経口摂取が限界なのではないか、また、摂取量に反して体重減少が続いていることもあり、身体機能全般の低下が考えられ、多職種とも意見が一致しました。その後嘱託医に上申、看取りケアに移行となりました。

移行後の看取りケアカンファレンスでは「看護師がいる時間に飲食の提供を行うこと」、「ガラガラとうがいのようになってしまったら食事を中止すること」を決め、食事対応が始まりました。管理栄養士は定期的に食事介助に入り、実際の様子から口腔嚥下機能の評価を実施します。ある日の食事評価中のこと、数口で中止レベルの状態になったAさんに「これ以上は苦しくなるからやめましょう」と食事の中止を提案しました。その場では渋々ながら受け入れてくれたAさんですが、そのあとケアマネジャーに「窒息してもいいからいっぱい食べたい」と本音を漏らしたそうです。しかし、「窒息してもいい」といくら本人が希望しても、本当に窒息させるわけにはいきません。窒息させず満足度も担保するプランが必要になりました。

ユニットリーダーとも相談して最初に決めた条件はそのままに、頻回に経口摂取の機会を設けることになりました。看取りケアといっても可能なかぎり離床されていたため、食事時間のほかにも調子がいい時を見計らって、ゼリーやヨーグルト、プリンなど比較的嚥下がうまくいく食材を少量短時間で頻回に提供しました。全体的には摂取量は低下してしまいましたが、のどの調子がよくなったらまた食べよう、というメッセージはAさんに届いたようでした。Aさんは最期まで食べたい気持ちが強く、「何か食べる物を持ってきて」や「ちっともご飯をくれない」など、亡くなるギリギリまで食べることへの欲求は続きました。

利用者の願いに向き合う多職種での看取りケア

亡くなる直前は覚醒時間が短く経口摂取はできませんでしたが、口腔ケアを兼ねて「リンゴ味ですよ~」と呼びかけ、保湿ジェルを塗布すると大変満足され、直接食事につながらなくても口から食べる満足感を得られることを知りました。
これらの出来事は看取りケア終了後のカンファレンスで共有され、「最期まで食いしん坊だったねぇ」とスタッフ皆でAさんを偲んだのでした。

本連載で何度も紹介していますが、当施設栄養課の看取りケアプランは「食べられる時に食べたいものを食べられるだけ」を主軸に展開されます。しかし、いつもの看取りケアと違い、Aさんは、“もっと食べたい”のに、私たち介護者が食べさせることを躊躇してしまっている、という状況でした。食べることで苦痛が生まれるのはいつものとおりですが、Aさんの欲求とどう向き合うのか、がカギとなりました。Aさんのように最期まで発語がある方のケアは本人の意向が確認しやすいというメリットがあります。食事以外の機会に頻回に訪問し会話すること(支離滅裂なことが多いですが)で、ご利用者の本音を垣間見ることができると感じました。また、日頃から長い時間ご利用者と触れ合っている介護職員をはじめ、多職種との情報共有も重要であると再認識した事例となりました。(『ヘルスケア・レストラン』2021年10月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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