栄養士が知っておくべき薬の知識
第122回
嚥下によい影響を及ぼす可能性のある薬
超高齢社会を迎え、嚥下機能に問題がある方の栄養管理を任される読者も多いと思います。今回は嚥下反射や咳嗽反射を起こしやすくなるのではないかと報告されている薬をご紹介します。
高齢者と摂食嚥下障害
2020年の全国の高齢化率は28.7%となっています。高齢者が一度誤嚥すると肺炎を来すことがあります。しかし、誤嚥性肺炎はいわゆる細菌性肺炎などと違って抗菌剤が奏効するわけではなく、場合によっては患者さんのQOLは著しく損なわれてしまいます。
高齢者の嚥下機能の問題は、老嚥といって摂食嚥下機能の低下であって、いわゆる摂食嚥下障害とは区別して考えられます。老嚥はEAT-10という10項目の質問からなる評価ツールで、飲み込みが問題で体重減少を起こしていないか、液体や固形物、錠剤を飲み込むのに苦痛を伴うかなどをスクリーニングします。EAT-10のスクリーニングで問題があってそれをそのまま放置しておくと、やがては摂食嚥下障害になり、誤嚥性肺炎に至ります。そうなると栄養摂取量が減って嚥下をする筋力や呼吸筋も減少し、さらに食事摂取自体が難しくなってしまうという悪循環に陥ります。
摂食嚥下障害を生じる疾患としては脳血管障害が最も多く、これは脳血管障害によって脳からドパミンという神経伝達物質の分泌が減ります。そして、ドパミンに連動して分泌される咽頭で咳嗽反射を起こすサブスタンスPという物質が減少し、嚥下反射(飲み込む反射)や咳嗽反射(異物を吐き出す)も低下して誤嚥を起こしやすくなってしまいます。したがって、脳血管障害を起こした患者さんでは誤嚥のリスクが高まるわけです。
ACE阻害剤
カプトプリルやリシノプリルといった一般名で発売されています。〇〇プリルという名前の付いた薬は、高血圧や心不全に用いられます。この薬には空咳という副作用があります。
この空咳はACE阻害剤を服用することで分解が抑制されるブラジキニンによって起こります。ブラジキニンは前述した咳嗽反射を起こすサブスタンスPを増やす作用があります。つまり、ACE阻害剤を飲むと空咳を起こすといった副作用は、誤嚥が懸念される患者さんにとっては、咳嗽反射が起こりやすくなるため有利に働く可能性があるというわけです。
脳血管障害で高血圧の患者さんを対象に、カルシウム拮抗剤やβ遮断薬といった降圧剤で管理するよりも、ACE阻害剤で管理した方が肺炎になりにくかったことが報告されています。
この作用はACE阻害剤と似た作用をもつARB(薬の語尾にサルタンとつく薬)にはありません。
壮年期に高血圧になってACE阻害剤では空咳が出てしまい薬を継続できず、似た作用をもつARBに変えてもらった、というケースも多くあります。
しかし、ARBに比べてACE阻害剤のほうが、心不全患者の予後をより改善する作用をもち、咳嗽反射も得られることから、ARBで管理されていて誤臙が心配という高齢の方にはACE阻害剤に変更するのも一方策なのかもしれません。
アマンタジン(シンメトレル®)
アマンタジンはパーキンソン病や脳梗塞後の意欲および自発性の低下に用いられる薬です(もともとはA型インフルエンザ治療薬でした)。脳のドパミン合成を促進する作用があります。前述したようにドパミンが増えると嚥下反射や咳嗽反射も改善することが期待されます。脳血管障害を起こして、少し元気がないといった患者さんでは、誤嚥を防ぐ作用とともに活気を取り戻してくれる作用も期待されます。
一方ドパミンが増えて活気が増すということは、その作用が強く現れると幻覚や睡眠障害などといった副作用に注意が必要となります。また、この薬は主に腎臓で排泄されます。したがって、高齢者や腎機能障害患者には少量を処方しないと過量になる可能性があります。
また、用量や投与期間には注意が必要な薬です。誤嚥が懸念される方に一時的に使ってみるという使い方が望ましいのではないかと思います。同じパーキンソン病で使われるレボドパにも誤嚥性肺炎の予防効果が報告されています。
シロスタゾール(ブレタール®)
シロスタゾールは血小板の働きを抑えて、血液が固まるのを防ぐ作用をもつ薬です。血小板の働きを抑えることで血液がいわゆるサラサラの状態になることを期待した薬です。動脈閉塞症や脳梗塞の再発抑制に使われている薬です。シロスタゾールにもサブスタンスPを増加させる作用があり、咳嗽反射を改善することが報告されています。抗血小板剤にはアスピリンをはじめクロピドグレルやプラスグレルなどといった抗血小板剤が使われることも多いのですが、嚥下機能が心配という方では、それらに変えてシロスタゾールを使用するというのもあるのかもしれません。
ただし、この薬はもともと心不全治療薬として開発されたのですが、心拍数を増やし(頻脈)、心臓を鞭打つような働きがあるため、心不全の方には禁忌薬に指定されています。高齢者には心不全をもつ方も多く、使用にあたっては適応をよく考える必要があります。またシロスタゾールは血管拡張作用をもつことから、頭痛を起こす場合もあります。
テオフィリン
テオフィリンは気管支喘息に古くから使われている薬です。カフェインに似た作用をもっています。
気管支拡張作用が主たる作用ですが、カフェイン同様、利尿作用や胃酸分泌を刺激するため吐き気などを起こす場合もあります。
テオフィリンにもドパミンを活性化させる作用があるとされ、その作用によって誤嚥予防に有効とされています。このほか、漢方薬の半夏厚朴湯もサブスタンスPを賦活化して咳嗽反射を改善させる作用があることが報告されています。
ビタミンの葉酸はドパミン合成に必要な栄養素になります。栄養摂取が偏ることで葉酸欠乏になるとドパミンが不足して嚥下反射が起こりづらくなるため、葉酸不足が疑われる嚥下機能低下症例に用いられることがあります。
以上をまとめると、中枢の大脳基底核に作用するのがアマンタジン、シロスタゾール、テオフィリンで末梢感覚神経に作用するのがACE阻害剤となります。
まとめ
今回は高齢者や脳血管障害後に認められる嚥下障害に対してこれまでに効果があるのではないかとされる薬を紹介しました。これらは薬なので、嚥下に対してよい影響もありますが、適応もないのにあえて加えることは避けるべきです。また、本日ご紹介した薬を飲んでいるから安全に嚥下可能ということでもありません。
一方普段、健常人でもむせこんでしまうという食品にも嚥下機能を改善する働きをもつものがあります。むせを起こす食品として、唐辛子の成分であるカプサイシンやこしょうなどです。これらをテープ剤やこしょうを油に溶かし嗅がせたりした臨床例が報告されています。また、熱い食べ物や冷たい食べ物でもむせが起こると思います。食事の温度管理も重要です。ただ、いずれにしても嚥下には筋肉が必要で、サルコペニアになると嚥下する力そのものが低下することから、日頃の口腔ケアなどとともに、十分なたんぱく質と栄養量を落とさない適切な栄養管理が最も大切なのは言うまでもありません。(『ヘルスケア・レストラン』2021年10月号)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授