介護業界深読み・裏読み
「骨抜きの方針」が見る先は2024年、
当事者が奮起を
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
次年度予算の概算要求に先立ち、毎年恒例の財務省・財政制度等審議会の「財政健全化に向けた建議」が、5月24日に麻生太郎財務大臣へ手渡された。
昨年春の建議は、我が国がコロナ禍に直面した混乱のさなかというタイミングから、異例のとりまとめ見送りとなったが、2年ぶりとなった今回の「春の建議」で財務省は、社会保障等については「受益(給付)と負担の不均衡を是正し、制度の持続可能性を確保するための改革が急務。団塊の世代が後期高齢者になり始める2022年度以降、歳出改革の取組を強化していく必要」として従前の主張をあらためて記載。
介護分野に関しては、
▽利用者負担のさらなる見直しやケアマネジメントへの利用者負担の導入など、介護保険給付範囲の見直しを進めることが必要
▽介護サービス事業者の事業報告書等の報告・公表を義務化し、経営状況の「見える化」を実現する必要
▽介護・障害福祉について、利用者のニーズを適切に把握したうえで地域の実態を踏まえた事業所の指定が必要
――としている。正直なところ、意外性も何もない既定路線にとどまっており、介護報酬が大きく引き下げられた2015年頃のインパクトは見る影もない。
永田町界隈の噂話では、消費税の引き上げを巡る不信感や、経済政策を重要視し、経済産業省周辺を寵愛した安倍晋三前政権との関係性から、政策実現という点では財務省にとって冬の時代とも言える我慢の数年間を耐えてきた、と言われる。
菅義偉政権となった今もかつての栄華が再び、というわけにはいかないようだ。6月半ばに示された「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太の方針2021)の案に、先に触れた財務省の主張は盛り込まれていない。
とはいえ、骨太方針にそれらを押し除けるほど強い何かがあるかというと、そういうわけでもない。せいぜい「オンライン化の加速」、「データヘルス改革」、「デジタル化による効率化」といったはやり言葉の羅列と、やや香ばしいのは「全世代型社会保障の実現」、「一人当たり介護費の地域差縮減」といったところか。言葉づかいからすれば厚生労働省の作文も相当あるだろう。
巷では、早くも「骨抜きの方針」という冷ややかな評価が出つつあるが、さもありなん。ただでさえ(オリンピックは強行するだろうけれど)コロナ禍からの出口はまだ霞んでいることに加えて、数力月すれば衆院選(1年すれば参院選)が待っている。地方選を見るに旗色は必ずしも良くないとくれば、書き込むほどリスクがあろうというものだ。政権支持率も振るわず、できる限り安全牌を探そうという気持ちはよくわかる。
そんなことは財務省も当然理解していて、先日の介護報酬改定よろしく、今回も無理に踏み込む必要はないと考えたのだろう。一部のメニューではごていねいに希望時期まで明記しているが、お目当ては間違いなく2024年度に控える介護報酬改定であり、次回の介護保険制度改正だ。
常識的にはその頃にはコロナ騒動も終わり、度重なる財政出動への揺り戻しを狙うにふさわしいタイミング。あまり取り沙汰されていないが、財務省は昨年11月時点で「第8期介護保険事業計画に向けた制度改革が補足給付および高額介護サービス費の見直しに留まったことは遺憾であり、利用者負担のさらなる見直し、ケアマネジメントへの利用者負担の導入、多床室の室料負担の見直し、軽度者へのサービスの地域支援事業への移行といった積み残された制度改革の実現に向けて、早急な取組を求めたい」と主張している。粘り強くメニューを充実、しかるべき時期に実現させたいという意気込みが見える。
介護業界にかかわって20年近く経つが、この業界が特殊なのは、出てくる球がわかっているのに打ち返せない。
たとえばケアプラン有料化には反対の声が挙がっているが、職能団体はもとより、著名研究者であっても「言いなりケアプランが横行する」程度の反論しかできない。少なくとも2年ほどの余地はある。この間に業界内の機運を高め、しっかりと反転攻勢に出ていかなければならない。課題は山積しているが、まずは当事者が奮起し、世論を喚起することを願うばかりだ。(『地域介護経営 介護ビジョン』2021年8月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。