コーチングで実現! 病院・地域をいきいき活性化する 実践・医師の働き方改革
第1回
医師の働き方改革とコーチング
医師の労働環境改善により
地域の診療の質も向上
昨年度から「働き方改革関連法」が施行され、それに伴い大企業を含め数多くの一般企業では驚くようなスピードで残業が激減し始めています。私自身、産業医としてさまざまな企業の衛生委員会に出席したり、また、産業医同士の勉強会などでディスカッションしたりするなかで、この「残業激減」という劇的な時代の変化の波を実際に肌で強く感じており、産業医の先生方も口々に「ここまで変われるものなのか」と、その驚きが隠せないでいます。
「残業時間は年間360時間以内にとどめる」「45時間以上残業した月が年間7回を超えないようにする」といった基準は、一昔前には到底不可能で非現実的だと思われていたにもかかわらず、大企業を中心とした一般企業では、すでにかなり徹底された水準まで遵守されてきています。「24時間働けますか!?」がサラリーマンの応援歌となっていた一世代前の日本では、まったく想像もつかなかったような事態だと言わざるを得ません。
病院勤務医の4割は残業が年960時間以上
そして、2024年4月からは「働き方改革改正法」が医療機関にも適用されます。これによって、これまで「青天井」とされてきた医師の残業時間が「年間960時間まで」と明確な規定が設けられることになります。
しかし実際には、日当直を含め医師の時間外勤務はまだまだ極めて多いのが現状であり、病院経営者層からも現場の医師からも、「医師の働き方改革など、本当に実現可能なのか」と疑問視する声があがっています。
実際に厚生労働省の発表によると、図のように、全国に20万人程度存在する病院勤務医のうち、およそ4割の医師は年間残業時間が960時間の水準を上回っているとのこと。この水準を上回っている医師の診療科には、やはり第三次救急医療機関での救急科・外科系・内科系の医師で、日夜救急対応で活躍されている先生方や研修医が多いと考えられ、国もこれらの医師に関して、この制限を遵守してもらうことに限界があるということを考慮しています。このため、年間960時間以上の時間外勤務の必要性があると判断した一部の医師に限り、各医療機関から都道府県等に申請を行うことで、これらの医師・研修医が「地域医療確保暫定特例水準」(B水準)または「集中的技能向上水準」(C水準)に認められれば、特別に「年間1860時間まで残業してもよい」ことが「暫定的に」認められることとなります。
いかなる地域でも働き方改革は実行可能
私が単身赴任で順天堂大学静岡病院の糖尿病内科科長に着任し、われわれの診療科において医局員の労働環境改善に取り組み始めたのは、まだ「働き方改革」という言葉もなかった2012年のことでした。その後2〜3年ほどで医局員全員の残業時間が激減していくなど、目に見える形で成果が出るようになっていきました。そうした意味では、24年度から開始される「医師の働き方改革」のちょうど10年ほど前から、医局員全員の協力を得ながら「医師の働き方改革」を実現させていったことになります。
そして、この医局内の業務改善は私の退職後も継続しており、厚生労働省が管轄している「いきいき働く医療機関サポートweb(いきサポ)」の中の医療機関の勤務環境改善についての「取組事例」としても紹介していただいております。
私自身は、科長職として医局内の診療環境を改善していく過程で、今で言う「医師の働き方改革」について、「コーチング」というコミュニケーションの手法を用いながら、部下の先生方と一緒に何度もディスカッションを行い、いろいろな施策を試行錯誤していきました。その過程で気づいたことは、「医師の働き方改革」の影響が単に「残業時間の削減」に留まるものではないということです。
つまり、医師個人が働きやすくなっただけでなく、組織(医療機関内)の活性化が図られ、さらに地域の開業医の先生方との医療連携の強化にもつながり、ひいては地域の活性化にまで広がっていくのだという、一連の価値の連鎖を体感することができました。医師の労働環境改善が、地域の診療全体の質の向上にもつながっていくのです。
これらの経験に基づき、私は「いかなる地方やへき地の医療機関」においても「医師の働き方改革」は間違いなく「実行し得る改革」であると考えています。この連載では、そのノウハウについて全6回の掲載を通じてわかりやすく解説していきたいと思います。(最新医療経営PHASE3 2020年7月号)
さとう・ふみひこ●1998年、順天堂大学医学部卒業。2006年、同大学大学院内科・代謝内分泌学卒業。12年、同大学内科・代謝内分泌学講座准教授。順天堂大学附属静岡病院糖尿病・内分泌内科長など、糖尿病の最先端分野での診療・研究を長年行っていた。16年、日本IBM株式会社専属産業医を経て、18年より現職。日本糖尿病学会研修指導医、日本コーチ協会認定メディカルコーチ。