食べることの希望をつなごう
第34回
管理栄養士の仕事に思うこと
今回ご紹介するのは、術前の摂食嚥下機能評価はせずに手術を行ったものの、術後に食事がほとんどとれなくなってしまった患者さんの例です。すぐに多職種で検討し検査も実施できましたが、不測の事態に対応できる環境がとても恵まれていることを考えさせられました。
摂食嚥下機能評価が術前にも必要かどうか
最近、管理栄養士という仕事について考える出来事があったのでご紹介します。
当院は、口腔外科の手術目的に入院する方がほとんどであり、術後に摂食嚥下障害が予測される場合、術前から摂食嚥下機能評価を行い、術後の外来フォローまで積極的に介入しています。しかし、摂食嚥下機能への影響が少ないと思われる手術の場合でも、術後、摂食嚥下障害になった症例をいくつか経験しました。また、入院患者さんが全体的に高齢化していることもあり、数年前から、当院の摂食・嚥下障害看護認定看護師の提案で、「摂食嚥下に関する質問用紙」というものを使用しています。
入院が決まったら外来で質問用紙を患者さんにお渡しし、記載した状態で入院時に持参していただき、こちらで確認します。「食べること、飲み込むことについて細かい説明を聞きたい」という項目にチェックを入れた希望者、および、チェック数を点数化したものが当院の定めた基準を超えた場合に、摂食嚥下リハビリテーションの介入をすることになっています。
条件に当てはまり、摂食嚥下機能評価を行ったケースでは、「食べること、飲み込むことについて細かい説明を聞きたい」という項目にチェックを入れていない患者さんでも、摂食嚥下障害が見つかることがほとんどです。普段食べること、飲み込むことに不安を感じていない人のなかにも、実は摂食嚥下障害のリスクが高い人がいることがわかります。また、摂食嚥下リハビリテーション外来の先生が作成してくださった、「どのような患者さんに術前の摂食嚥下機能評価を行うか」というチェックリストがあります。術式や年齢、身体計測結果や食形態などから、術前の摂食嚥下機能評価が必要かを判断することにしています。
術前の評価は特に行わなかったが・・・
今回入院された患者さんは、義歯が使用できなかったため、人院時の食形態は日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013(以下、学会分類)2-2でした。
むせや飲み込みづらさの自覚はなく、食事形態の調整は義歯が入らないためのもので、濃厚流動食を食事に併用されており、体重減少にも配慮されていました。入院手術の前日であったこと、術式が一側の頸部郭清のみであったことから、術前の摂食嚥下機能評価は行われずに手術を迎えました。
通常では、術当日の夕食もしくは翌朝食から経口食が開始になるので、例に違わず、この患者さんも翌朝食から術前と同じ学会分類2-2の食事が開始となりました。しかし、飲み込みづらさと食欲のなさを訴えられ、ほとんど召し上がりません。
翌朝食まで4回、食事の機会がありましたが、摂取量は変わらず、飲水も少量にとどまっていたことから、昼食時のミールラウンドで確認をすることになりました。
ペースト状の食事は「飲み込みづらいしおなかが空かない」と進まず、むせと嗄声があります。また「手術の後から痰が増えた」との自覚症状もありました。試しに、術前に飲んでいらしたものと同等の濃厚流動食を飲んでいただくと、一口を3回くらい嚥下しています。それでも「食事よりこっち(濃厚流動食)のほうが飲みやすい」とおっしゃいます。なお、発熱はなし、採血データは手術直後のものしかありませんでした。
むせや嗄声、痰、発熱、食欲など、摂食嚥下障害を示唆する徴候は多々あると思います。
今回は、摂食嚥下リハビリテーション外来の先生からも、介入が望ましいであろうとのことで、検査依頼を出すことになりました。
検査まで経口摂取を禁止して、経鼻胃管からの経腸栄養にするか、食形態を変更して経口摂取を続けるのか。結局、検査が翌日に組まれることになったので、ご本人の希望された濃厚流動食を、無理せず経口摂取できる範囲で召し上がっていただくということになりましたが、結局、経口食は進みませんでした。
環境が整わないなかでも最善の提案ができるか?
嗄声があり、飲み込みづらさと痰がらみの訴えもあったものの、発熱はなかったこと。食事より濃厚流動食のほうが飲みやすいという発言。絶食し経静脈栄養のルートを確保するか、胃管を入れ、さらに胃管の位置確認のためのレントゲン撮影をするか。どちらにせよ発生する患者さんの負担、胃管を入れての摂食嚥下機能評価、といういろいろな要素を考えてのことでしたが、振り返ってみると、結果的には絶飲食のほうがよい選択だったと思います。
翌日の午前中、予定どおり摂食嚥下機能評価の検査が行われました。検査の結果、もともと片方の食道の通りが悪く、反対側で飲み込みをカバーできていたところ、今回の手術で反対側の動きも悪くなり、嚥下障害が起きていると推測されました。食欲がないとおっしゃっていたとおり、胃の中の残留も多いことがわかりました。
今回の事例で、すぐに異常を察知し対応できる、そして摂食嚥下機能評価を実施できる環境であったこと、また何よりも、多職種がその場で話し合いができるというのは、とても恵まれた環境であると改めて感じました。そして、管理栄養士として、患者さんの置かれている状況での最優先事項を、どのような環境でもできるのか、自問する機会になりました。
採血データがすぐに手に入らない、嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査がすぐに行えるわけではない、問診とむせや咳、痰といった症状から判断するしかない場合、どのような提案ができたのだろうか。経静脈栄養や経鼻胃管などのルート確保が容易でない環境で、経口摂取はリスクが高いと判断した場合、どのような提案ができたのだろうか。その場で主治医や多職種と意見が交わせない場合、対応に時間がかかる場合、管理栄養士として何ができるだろうか。いろいろなことを考えましたが、結局は自分自身が学び続けるしかないという結論に至りました。
その後、この患者さんは、手術からの時間経過とリハビリによって、少しずつ回復しています。安全に経口摂取に完全移行できるよう、栄養管理に務めます。(『ヘルスケア・レストラン』2021年1月号)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士、TNT-D管理栄養士、糖尿病療養指導士