栄養士が知っておくべき薬の知識
第110回
治療の選択肢が増えたCD感染症
この記事で以前にも取り上げたクロストリジウム・ディフィシル(CD)ですが、2016年にクロストリディオイデス・ディフィシル感染症(Clostridioides difficile infection:CDI)という名称に変わり、治療薬もいくつか発売されたので、再度取り上げます。
下痢の原因となるCDI
経腸栄養剤を開始すると下痢になる場合が多く、経腸栄養剤の投与速度が速かったり、浸透圧が高かったりすることが原因と考えられます。一方で、経腸栄養剤を始める方では抗菌薬が投与されているケースもあり、その場合は抗菌薬によって腸内細菌が荒らされ、下痢を起こしていることも少なくありません。また、医療機関や高齢者施設は、クロストリディオイデスの暴露の機会が増えることも原因になります。つまりCDIは院内感染を起こします。
下痢の原因となるCDIは重篤化するケースもあり注意が必要です。下痢や腹痛だけでなく、発熱を伴ったり、偽膜性腸炎を起こしたりすると巨大結腸やイレウス、消化管穿孔を生じる場合もあります。時には大腸全摘が必要になることもあります。これは日本に限ったことではなく、CDIは世界的に問題になっている感染症です。NSTで下痢の患者さんをよく見かけますが、単に経腸栄養剤だけの問題ではないことに注意してください。CDIを疑った場合は細菌の検査が必要で、CDの毒素を判定してもらいます。
CDIのリスクファクター
CDIの原因は何といっても抗菌薬の使用歴です。最近1カ月以内の使用歴はリスクファクターに挙げられます。以前はクリンダマイシンという抗菌薬によるCDIが多いとされましたが、最近はクリンダマイシンにかかわらず汎用される抗菌薬であるセフェム系やペニシリン系、ニューキノロンなど、さまざまな抗菌薬使用によってCDIが起こることがわかっています。
また、市中感染といって抗菌薬の治療歴がない場合でもCDIを起こすことがあり、在宅でも下痢や腹痛を起こしている場合にはCDを疑う必要もあります。このほか高齢者や糖尿病、肝腎疾患、低アルブミン血症などの栄養不良患者、胃ろうや腸ろう留置もCDIのリスクファクターに挙げられています。
フィダキソマイシンとベズロトクスマブ
CDIの治療薬は、以前はフラジール®(メトロニダゾール)やバンコマイシンの内服薬が用いられましたが、2017年にベズロトクスマブ(ジーンプラバ®)、13年にフィダキソマイシン(ダフクリア®)が使えるようになりました。フィダキソマイシンはバンコマイシンと同等の効果が得られることがわかっています。バンコマイシンンは内服した時にはほとんど吸収されませんが、フィダキソマイシンも同様です。したがって全身性の副作用はほとんどありません。ただしこれは使用経験が少ないためかもしれません。
フィダキソマイシンのよいところは主にCDにのみ抗菌作用をもつことです。つまりほかの細菌への影響が少ないと考えられます。治療期間は1日2回10日間を目安に使います。新薬のため薬価は治療量である1日2錠で約8000円です。フラジールの1日治療量が約220円、バンコマイシンが約1000円なのと比べて高価な薬です。
ベズロトクスマブは薬の名前の末尾にマブがつきますので抗体製剤です。CDから産生されるトキシンBに結合し、トキシンBを中和するヒトモノクローナル抗体です。トキシンBは細胞傷害作用をもち、それを中和することで腸管壁の傷害を抑えます。特にCDIの再発例を対象に用いられます。抗体製剤ですので高薬価で、1瓶で約33万円です。ベズロトクスマブはCDI感染症治療を並行して行います。
CDIの治療
まず原因となっていそうな抗菌剤を中止します。ほかの感染性腸炎でも同様ですが、基本的に下痢止めは使いません。そしてそれほど重症でない場合はメトロニダシール(フラジール)を内服させます。メトロニダゾールには注射薬であるアネメトロ®もありますが、これはフラジールが内服できない場合に使います。重症例では最初からバンコマイシンの内服から始めます。フラジールよりも効果が高いことが明らかになっています。
日本ではまだ強毒株をもつCDが少ないとされますが、重症例も散見されます。①偽膜性腸炎がある、②ICU入室中、③白血球数が15000以上と高い、④60歳以上、⑤38.3度以上の熱発がある、⑥血清アルブミン値が2.5g/dl以下、⑦急性腎不全の存在。⑧ショックによって低血圧を呈している――これらの場合は重症としてバンコマイシンを使います。CD再発例ではバンコマイシンかフィダキソマイシンを使います。なかなか効果が得られない難治例では最初からフィダキソマイシンを用います。免疫不全状態や重症のCDIの場合、CDが強毒株をもつ場合、繰り返すCDIの場合はベズロトクスマブの使用を考慮します。
再発は、いったんはCDIの症状が改善したのに治療が終了して2~8週間以内に再度症状が現れた場合をいいます。再発を繰り返すほど、さらに再発率が高いこともわかっています。クロストリディオイデスの予防薬としてプロバイオティクスも投与されます。
CDの感染対策
CDは抗菌薬を使っているかぎり、なくならないとされます。500床以上の病院では概ね年間100例のCDIが起きるとされます。これよりも多ければ院内全般で感染対策を講じる必要がありますし、少なければ検査の件数が不足しているかもしれません。医療機関の規模を目安に概ねどのくらいCDIを起こすかを知っておくことは大切です。また、医療機関内の下痢や腸炎症例数を把握する必要があります。無症候性キャリアから伝播してCDIを発症する場合は30%ほどとされます。
CDの疑い症例が出た場合の感染対策は、できれば患者さんを個室管理にしてトイレの共用を避けます。ウォシュレットなどの温水洗浄便座でも感染例が報告されています。私が以前勤めていた病院でこの報告を受けて温水洗浄便座の使用禁止を検討しましたが、とても受け入れられませんでした。医療者は手袋とガウンをして手洗いは基本的に流水と石鹸による物理的除去を行います。CDにアルコールは無効なためです。共有部分の清掃は薄めた次亜塩素酸ナトリウムで拭き取ります。これらの対策は一般的にCDI患者の下痢が改善してから48時間まで行い、場合によってはそれ以上の期間、感染対策を行う場合もあります。下痢が改善したあとも糞便中にCDが検出されるためです。
CDIの予防策で何より重要なのは、余計な抗菌薬を使わないことの徹底です。現在、国として薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Re-sistance)対策を行っていますが、CDでも同様のことが言えます。
薬では酸分泌抑制薬であるタケプロン®などのプロトンポンプ阻害薬(PPI)の中止を検討してもらいます。再発される方はがん患者さんやICU入室、PPI使用患者に多いとされているためです。
今回はクロストリディオイデス・ディフィシルについて述べました。以前使われていたクロストリジウム属には、有名な細菌が多く、破傷風菌(Clostridium tetani)、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)、食中毒の原因になるウエルシュ菌(Clostridium perfringens)などがあります。これらの名称には変更はなく、クロストリジウム属のままになっています。(『ヘルスケア・レストラン』2020年10月号)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授