医師や他部門を動かす経営数字のかしこい使い方
第4回
職員が自らの生活を向上させるには 病院の粗利上昇が必要という筋道を説く
職員は自分の生活を少しでも良くしたいと思うもの。そのために昇給を求めることもあるが、病院としては人件費を増やさなければならず、それを可能にする手立てとしてまず考えなければならないのが売上増だ。ただ、この理屈はなかなか職員には届かない。杉浦鉄平・メディテイメント株式会社代表取締役は「家計」の考え方を用いると説明しやすいと指摘する。
病院と職員の幸せの一致点を拡大するには
前稿で、お金はあくまで病院がやりたいことをやる手段であり、お金を使う動機であるビジョンとの両輪で考える必要があるとお伝えしましたが、お金の話は、スタッフと共有できるビジョンとセットでなければいけません。経営改善に取り組む際は、お金の話を個人のビジョンと結びつけて、スタッフがそれを自分ごととしてとらえられないと行動してくれません。ですから、ビジョンを共有することが一番大事なことなのです。
高校野球をイメージするとわかりやすいと思います。甲子園出場というビジョンを全員が共有しているので、いい加減なプレーにはお互い厳しい指摘をしながらも、チームとしては結束力が高まります。
しかし、病院の場合もそれがあてはまるでしょうか。ビジョンと個人のミッションを共有できるのは、唯一オーナー院長だけ、もしくは一部の経営幹部の人たちではないでしょうか(図1)。
図1 病院の幸せと職員の幸せが一致する領域を広げる
すべてとは言いませんが、スタッフが病院のミッション、ビジョンをある程度自分ごとと捉えてもらうことが最初の一歩です。今回は病院と職員の幸せの一致点を拡大するために、お金のブロックパズルをどのように活用したらよいかを解説します。
給料はどこから支払われるのか
スタッフは往々にして権利を主張しがちです。もちろん給料、ボーナスをもっと増やしてほしいと思っています。心ある院長は増やしてあげたいと考えるものですが、原資となる入りがなければ、当然、増やせません。
この入りと出のバランスを院長は知っていますが、職員はよくわかっていません。どうすればこれを伝えられるのかとストレスを感じている院長、事務長は少なくないと思います。
これを第三者としてわかりやすく伝えてあげることによって、権利の主張ばかりではなくて、権利を主張するためには義務を果たすこと必要があり、さらに、どんな義務を果たしたらよいのか、どのように貢献したらよいのかということが結びつくようにしています。
そのときに伝えているのが「会計を知る前に家計を学べ」という話です。経営者は「給料はどこから出ているのか」を常に職員に気づかせたいと思っています。これを学ぶことによって、職員は病院の会計を自分のこととして理解できるようになります。
会計の前に家計を学べ
院長に代わって、筆者のような第三者のパートナーがこれからお伝えすることを職員に話すと、院長とスタッフの立場の違いからくる危機感のズレが解消され、同じ方向を向きやすくなります。これは、前稿でお伝えした「病院のお金の流れの全体像を家計にあてはめて」身近なこととして職員に理解してもらう事例です。
《家計と会計のブロックパズルの対比》
一般職員に話す場合は、まず身近な家計の話からします(図2)。
図2 家計もブロックパズルに基づいて説明できる
家計の場合は会計のときのような百分率ではなく万円単位で書きます。
①まず、売上のところに1カ月分の給料と年間のボーナスを12で割った数字を入れます。仮に50万円としましょう(役職や職種によって臨機応変に)。
②この50万円から税金と社会保険10万円が引かれます。
③すると手取りは40万円。そしてその手取りは2つのブロックに分かれます。
④上のブロックに生活費35万円、
⑤下のブロックに貯金5万円と入れます。生活費をさらに2つに分けます。
⑥上のブロックに最低生活費(家賃、食費、光熱費など)。
⑦下のブロックに娯楽費(旅行、レストラン、交際費など)──これで完成です。
さて、ここで質問です。皆さんの給料をこのブロックに入れるとしたら、それぞれどれくらいの数字になるかご存知でしょうか。この質問をすると、だいたい7割くらいに人が「よくわからない」と答えます。読者の皆さんも「いくらだろう?」と思ったのではないでしょうか。そうだとしたら、生活費や娯楽費にいくら使い、いくら貯金にあてられるくらいのゆとりがあるのか、現状を知っておきたいのではないでしょうか。もし知りたければ、過去のものでも、これから1カ月分でもよいのでやってみるとわかりますので、気になった方はぜひ書き出してみてください。
イメージと言葉が一致してはじめて認識する
では、現状がわかったとしましょう。すると当然、日常生活費、娯楽費、貯金を今よりもっと増やしたいと考えます(図3)。
図3 娯楽費の源泉
しかし、図を見てわかるように、生活費も貯金もすべて手取りのなかから出ています。つまり、これらを増やすということは手取りを増やしたいということになります。手取りを増やすということは、税金を払わないわけにいかないので、給料・ボーナスの総額を増やさなければなりません。
そこで初めて気づくわけです。「自分たちの望む生活をするためには給料、ボーナスを増やす必要があり、それを払ってくれているのは病院だ」ということを。ですから、病院のお金の流れに対し無関心でいるわけにはいかないと気づくのです(図4)。
図4 手取り増なくして娯楽費増はない
「そんなの当たり前の話」と思うかもしれませんが、理屈で説明しても、行動はしてくれません。人間の脳は、イメージと言葉が一致して初めて存在を認識します。認識できないことは行動できないのです。ですから図(イメージ)にして言葉とセットで説明することが、人を動かすうえでとても重要なのです。
生活を向上させるには病院の粗利を上げる
そこで、ようやく病院がどのように給料を払っているかを考えてもらいます。お気づきだと思いますが、病院のお金の流れも家計のお金の流れもまったく同じ構造で説明できます。自分たちが望む生活をしたいと思ったら、会計の図を見たとき人件費を増やす必要があることが図5を見ればわかります。
図5 職員の生活費ももとは売上
全体を見ると、人件費は粗利から分配されているので粗利を増やす必要があり、そのためには変動費を下げる、粗利率を上げる、売上を上げることを考えなくてはなりません。
さらに、家計の図と会計の図を並べてみると、2つの図はつながっていることがわかります。たとえばここが100人の病院だったすると、病院会計の人件費のなかに100人分が入っています。ですが、多くの場合、職員はこれを別々だと考えてしまっているのです。要するに、自分が望む生活をしたいと言っている人は、病院会計に組み込まれた人件費を増やしてほしいという議論をしているわけです。
しかし、病院も永続していくためには利益を守りたい。この両方を守るために粗利をいかに増やすかを、院長だけでなく、職員と一緒に考えていけたなら、どっちも叶うということです(図6)。これが、職員が主体性を持って粗利を上げて、自分たちの給料を稼ぐということです。
図6 売上10%増がもたらすインパクト
年度の節目やボーナス時期などに院長が方針やビジョンを語り、そのあとに第三者のパートナーとしてこのようなお金の話をすると、言わんとしていることが明確にわかってきます。(『最新医療経営PHASE3』8月号)
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すぎうら・てっぺい●30年以上にわたる病院勤務(臨床15年、看護部長10年、事務局長5年)と、病院コンサルタント経験で培った、病院経営における人、ビジョン、お金すべての問題を解決するメソッドを体系化。このメソッドをより広く普及させるためにメディテイメント株式会社を設立。また、セコム医療システム株式会社顧問に就任。「病院組織再生コンサルタント」として、多くの病院の組織変革を実行。現在は、コンサルティングと同時に、病院管理者研修、病院の意図を理解し、自律的に行動する医療経営人財を育成する「医療経営参謀養成塾」を運営。