食べることの希望をつなごう
第32回
食べられるものは何か?患者さんと一緒に探っていく

口腔がんの治療は手術や化学療法のために食事摂取量が低下する場合が少なくありません。食形態だけでなく、時には嗜好を汲んだ食事内容の調整が功を奏することもありますし、患者さんそれぞれに解決策を見つけていくことになります。

入院患者の食事調整

当院では、入院が決まると、外来で入院オリエンテーションを受けることになっており、その際に食物アレルギーや食形態について看護師による聞き取りが行われています。禁止食品や食形態など、食事に何らかの調整が必要と判断された場合には、外来看護師から事前に連絡が来るという流れになっています。

しかし、詳細については来院されてからでないとわからないことも多く、入院当日に聞き取りを行い、締め切り時間までに食事を調整し提供するというのが実際です。不要な調整はできるだけ避けたいので、アレルギーに関しては、食材そのものを除去すればいいのか、エキスも除去する必要があるのか、加熱していれば大丈夫なのかなど、詳細に確認し、対応します。

また、歯科病棟という特性から、食形態の調整が必要な場合も多いため、ご自宅でどのようなものを召し上がっていたのか確認し、場合によっては主治医の許可のもと、食事オーダーを修正することもあります。

嗜好を丁寧に聞き取り体重減少することなく退院

上顎歯肉がんの治療のため入院されたAさんは、もともと嗜好の関係で食べられないものが多く、病院食の調整が必要でした。肉類全般、肉加工品は食べたことがなく、乳製品は苦手とのこと。大豆製品は、納豆は食べられず、豆乳も飲めない、米飯も避けておられ、玄米なら大丈夫とおっしゃいます。

入院時には創部に染みるものが多く、フルーツなどの酸味のほかに、塩味のものはほとんど食べられず、ご自宅では調味料は極力使わずに調理されていたとのことでした。

入院されてから手術まで3日間あったのですが、土日を含んでしまっていたため(当院は、土日は管理栄養士が不在のため、食事の細かな調整が難しくなります)、入院当日にかなり詳細に食事についてご相談させていただき、食事提供することになりました。術後はしばらく経腸栄養となり、食事の調整は不要でしたが、経口摂取が始まってからはいろいろと相談しながら食事の調整をしていきました。
そのうちに、「豆乳を使ったポタージュはどうでしょう?」「チーズを少し試してみませんか?」「手術が無事終わって、痛みもないようなので、フルーツのデザートを食べてみませんか?」など提案していくうちに、少しずつ食べられるものが増えてきました。私が病棟常駐ということもあり、割と頻回にお話ができていたので、頑張って食べてくださっていたのかなと思うところもありますが、何よりもAさんの「食べてみよう」という姿勢のおかげで、3カ月という長期間の入院でしたが体重減少することなく、退院の日を迎えることができました。

嗜好による禁止食品と献立調整をどこまで対応するか、インシデントが増える可能性を考えると、大変悩ましいところです。「好き嫌いには対応しません」と言いきってしまうのも難しく、食べられない食事を提供し、体重減少や低栄養になってしまっては困りますし、せめてたんぱく源だけは確保したいと思ったりもします。

退院の際Aさんは、涙を浮かべてご挨拶に来てくださいました。「いろいろ食事を工夫してくれて本当にうれしかった。看護師さんや薬剤師さんも含めて、気軽にスタッフに相談できる環境で治療できてよかった」とお話しされ、病棟常駐のメリットを感じました。今後も治療が続くので、お家でも豆乳を使ったりチーズを使ったり、少しでも食べられるものが増え、治療を完遂できるといいなと思います。

定期的な訪室により食べられるものに辿り着く

上顎歯肉がんの治療のため入院されたBさんは、術前化学放射線療法を行うことになりました。食べにくいものはなく、主治医からも食形態の制限はなかったため、常食を提供していましたが、Bさんの受ける化学療法は、抗がん剤を毎日投与するため、食欲低下が顕著に現れる傾向があります。

例に違わずBさんも、入院初日は100%食事摂取できていましたが、化学放射線療法が開始になってすぐ摂取量が減っていきました。吐き気止めの薬は処方されていましたが、摂取量は増えず、食事相談にうかがうと、酸っぱいものが嫌だとのこと。すぐに対応しましたが、やはり摂取量は増えません。

毎日のように看護師から「Bさん食べられてないです」と報告があり、その都度、食事相談にうかがいましたが、基本は「大丈夫」「頑張って食べてる」とあまり多くを話されません。食事のタイミングでうかがうと、あまりお箸が進んでいないので、「食べにくいですか?」と聞くと、「食べにくいんじゃなくて、吐きそうな気がするから食べるのを控えている」ということがわかりました。

ボリュームと品数を極力減らし、補食でエネルギー確保を試みるも、標準体重程度だった体重が治療開始から1週間ごとに1㎏ずつ落ちていき、3週間後にはBMIが20.4kg/㎡まで落ちてしまいました。その後も、お茶漬けやパン、麺など主食を変えたり、温度を調整したりしましたが、食事の調整がどうにも手詰まりになってしまい、手術が控えていることも考慮して、胃管の挿入を提案しましたが、ご本人が断固拒否され、立ち消えに。

どうしようかと考えていると、「ちゃんと噛めないし、前歯にくっつくのも嫌だから食べたくないとおっしゃいます。噛めないのは手術を控え、義歯を入れないよう主治医から指示されたからで、歯にくっつくのは放射線治療の影響で口腔内乾燥があったからでしょう。おそらく学会分類(摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013)2~3程度の食形態のほうが食べやすいと考えられましたが、「食事の形を変えるのは絶対嫌だ」とおっしゃるので、茶碗蒸しや水分の多いメニューを多めに組み込み、何とか体重が下げ止まったところで術前の治療を完遂しました。

その後、手術までの3週間は、抗がん剤の投与がなかったからか食事内容が変わったからか、嘘のように食欲が戻り、「パンを増やしたい」「もう少し量が増えても大丈夫」「寝る前におなかが空く」と、しっかり食べて手術を迎えることができました。

嗜好や、食べやすい食形態に合わせて食事内容を調整することで、栄養状態を維持でき、治療を完遂できるようサポートできればと常々思います。患者さんによっては頻回の訪室はプレッシャーになることもあると思いますが、Aさんの場合は回数を重ねることが良い方向につながりました。Bさんの場合は、ご本人からの訴えがないからといってそのままにせず、定期的にラウンドすることで、状況の変化に対応できると感じた例でした。(『ヘルスケア・レストラン』2020年11月号)

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士、TNT-D管理栄養士、糖尿病療養指導士

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